『私たちの日常は選択の連続である。』
何処かで耳にした事のある言葉だと思うのですが、
正しく、その通りだと思うのです。
選択をしない日などないと思うのです。
朝起きる事も、「起きる」という選択をしているし、
歯を磨くという行為も
「歯を磨く」という行為を選択しています。
そして、何時歯を磨くか、
「今磨こう」という選択を更に重ねていたり、
もっと遡ってみると、
どの歯ブラシを買おうか、
今日新しい歯ブラシをおろそう……など。
とにかく選択の連続と選択の合わせ技で成り立っています。
慣れていくると、無意識下で行われてくる、この選択行為。
今回は、この「選択」を丁寧に行ってみませんか?というお話を。
例えば、お買い物中の選択。
あなたの意思で選択できているのはどのくらいでしょうか?
スーパーへ行きキャベツとレタスが並んでいます。
どちらか1つをカゴに入れたいのだけれども、
どんな理由でカゴにいれますか?
レタス好きな家族のためにレタスを選択。
今日はキャベツよりレタスの方がお買い得だからレタスを選択。
今晩のメニューを考えてレタスを選択。
「レタス好きな家族の為に、私はレタスを選びたい」という
あなたの意思があっての選択ならいいのですが、
心の奥で、
「私、本当はキャベツ食べたいなぁ~」と思っているのに
色んな思考が瞬時に頭の中で理由を付けて
レタスを選択している事、ありませんか?
あなたの「思いやり」や「優しさ」の詰まった選択。
とっても素敵です。
その思いやりと優しさを時々、自分へも向けてあげませんか?
キャベツを選んでもレタスを選んでも、
家族に迷惑をかける事ではないですよね?
そういう誰にも迷惑をかけない事で
「自分自身」を選択してみるんです。
理由付け無しで自分が食べたいと思うものをカゴに入れてみる。
そして、お家で「美味しい~っ!」って
ちょっと大げさに味わってみるんです。
お家でのティータイムでもそう。
いつもの習慣で体が半ば勝手に緑茶を淹れようとした時、
ちょっと待って下さい。
「今の私は緑茶が飲みたい?紅茶が飲みたい?」って
自分に聞いてみてください。
「今日は気分を変えて紅茶にしてみようかな」
そんな声が聞こえてくるかもしれません。
そうしたら、自分に紅茶を淹れてあげてみる。
本当の意味で自分を大切にできると
もっともっと、
あなたの大切な人たちへ愛情を注ぐ事ができるはずです。
どちらか一人が全てを背負う事は、きっと不可能に近い。
出来たとしても、それはとても不安定で危ういもの。
だからこそ、
「日常の選択」を使って自分に優しくしてみませんか?
選択するという自由であなた自身へも優しさを。
その優しさは、巡り巡って、あなたの大切な誰かにも届くのです。