家中の窓を解放する。
秋の匂いを含んだ新しい風が、室内へと吸い込まれるかのように流れ込んできた。
そうかと思えば、すーっと軽やかに向かいの窓の外へと駆け抜けてゆく。
それはまるで空間が新しい空気に触れて呼吸を始めたかのようだった。
それにつられて私も深く深く新しい空気を吸い込んだ。
もっともっと新鮮な空気を味わいたくて、気分転換も兼ねてお散歩へ出かけることにした。
勢いよくクローゼットを開けてお気に入りのワンピースを取り出す。
今日はキレイめワンピースを、ちょっぴりカジュアルダウンさせたくなった。
気の向くままにコーディネートし、それに合わせて靴を選ぶ。
『お散歩をする』と決めた瞬間、こうして目の前にパーっと広がるワクワク感。
大好きだ。
靴と言えば、フランスには靴に関するおまじないがある。
『女の子に素敵な靴を履かせるとその靴が幸せへと導いてくれる』というもの。
ディズニー映画のヒロインにでもなったかのような気分にさせられる、夢がある素敵なおまじないだ。
決して高価な靴でなければいけないと言っているのではなく、「自分の靴を大切に扱う事」がどのような事へ繋がっているのか、繋がっていくのかを、こんなにもキラキラとした言葉に託しておまじないとして語り継ぐなんて、なんだか素敵だ。
そんな事を思い出しつつ家を出た。
秋の匂いを吸い込みながら川沿いを歩いていると、少し先に若いスーツ姿のサラリーマンとスーツ姿が板についたベテランサラリーマン、着物姿のご年配のご婦人が何やら橋の下を覗き込んでいる。
とても気になりつつも、いきなりその輪に入る勇気の無い私が通り過ぎようとした時、着物姿のご婦人が「見て、可愛いの」と声をかけて下さったのだ。
状況を尋ねると数羽のカモが水中に潜り魚を獲り食べているのだとか。
その中に、少し体の小さいカモが居て、上手く魚を獲る事ができないので、それを通りかかった皆で見守っているのだと。
なんとも長閑な風景とご縁ではないか。
急ぐ用事の無い私もその輪に加わった。
年齢も性別もライフスタイルも異なる見ず知らずの4人が、小さなカモの魚獲りを見守る。
カモの一挙手一投足に声をあげる私たち。
なかなか貴重な経験だが、カモにとってはさぞ迷惑な珍客であっただろう。
十分な魚が獲れたのか、カモの群れはスイスイとその場を後にした。
見守った充実感を笑顔で確認し合った私たちは、他に何かを話すわけでもなく軽く会釈を交わし、それぞれの方向へと歩き出した。
ただその瞬間を共有しただけの関係。
きっともう会う事のないであろう4人。
この日選んだ靴は、私をこんな温かい出会いへと導いてくれた。
次はどんな場所へ導いてくれるのだろう。
「ありがとう」と「期待」を胸にきゅきゅきゅっと靴を磨こうと思う。