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幸せのレシピ集

cawaiiとみんなでつくる幸せのレシピ集。皆様の毎日に幸せや歓びや感動が溢れますように。

涙が流れた後には「デトックスとエネルギーチャージ完了」のガッツポーズで笑顔に。

日常 こころ やってみよう

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私は泣くことが苦手でした。

世代や身を置いてきた環境、性格もあるのだろうけれど、

「簡単に涙を流してはいけない」

そのような意識が胸の奥の方に在ったような気がします。

 

今思えば、自分の流す涙に無意識のうちに

「良い涙」、「悪い涙」とジャッジを下していたようにも思います。

涙に良いも悪いも無いのだけれど、

自分からGOサインが出た時だけ涙を流す。

こころ主導ではなく、頭主導の涙です。

 

そのような機会が積み重なると、

滅多な事では涙を流さない癖がついてしまいます。

人間って単純ですよね。

思っているよりも簡単に様々な癖が付いて、

染みついて、

浸透して、

自分の一部になって、

当の本人さえもが、それが本当の自分だと思って疑わなくなります。

 

私もそれなりに色々な経験を重ねてきた中で

自分ではない自分を、

自分の性格だと思ってやり過ごそうとしていた時がありましたもの。

今だから、こうして言葉にできるのですが、

あの頃の自分は、当時のあれこれや、

その当時から見た未来や過去に気持ちを揺り動かされて頑張っている最中ですから

気づかないんです。

自由人だと言われることも多いけれど、

人の本当の部分というのは、

きっとそう簡単に外側には漏れ出ないモノなのかもしれません。

 

しばらくして、そのような私を見抜いた人と出会いました。

「泣いていいんだよ」という

ありきたりな表現を使わなかったのは

その人の気遣いだったのか、その人の素の表現だったのかは

今も確かめてはいないので謎のままなのだけれども

その人が私に言った言葉はこうでした。

 

「涙が出る時は、勝手に流させてあげたらいいんじゃない?

泣いてる自分の好きにさせてあげたら~?」

私にはこれが「自分を俯瞰視するコツ」のように感じられて

「そうだね、勝手にさせてみるよ」と、

まるで自分以外の誰かの事を話しているかのような会話を交わしました。

 

それからは、不思議なくらい泣けるようになったのだから、

つくづく人間というのは単純な生き物なのだなと思います。

もちろん、一般的に涙を見せるべきではない場面ではグッと堪えますけれど

自分のプライベート空間は自由なものです。

涙を流す自分が表れたら抑え込まずに

「あ~、私泣きたいんだね。泣いたらいいよ~」と言う感じで自分を放置します。

ま、理由は大したことではなくて、

何かを観たり、読んだりして感情が揺さぶられたり、

忙しさから余裕がなくなってきて、

ほんの一瞬、弱気になったり、

自分で自分を追い込んでしまったりというもの。

1、2分もすれば、「あれ?私なんで泣いていたんだろう?」と思うような事ばかりです。

それでも、その1、2分が自分へ与える影響は

自分が思っている以上に大きいものだと感じます。

人は、感情による涙を流すことで

抗ストレスホルモンを体外に流すというけれど、

「ふむふむ、確かに」です。

 

もし、あの頃の私のように

無意識のうちに泣きたい自分を押さえてしまっている方がいるのなら、

泣きたい自分が出てきたら、

試しに、その自分の好きにさせてあげてみてはいかがですか?

こちらの心配をよそに数分でケロッとする自分に

驚かされるやら、呆れるやらで逆に面白いですよ。

抗ストレスホルモンを溜め込んで

お肌のツヤまで減少するのももったいない。

涙が流れたのなら

「デトックスとエネルギーチャージ完了」のガッツポーズでまいりましょ。

今日ここに足を運んで下さった皆さんが元気でありますように☆彡

 

画像出典:https://jp.pinterest.com/