ここ数日、断捨離、ミニマリズム、ミニマリストという言葉を頻繁に目にしました。
自分にとって本当に必要な最小限のものだけを持ち、
身も心もシンプルに生きる、
そのような生き方をしている人という意味で使われている言葉たち。
空間に余裕が出来ると不思議なもので心にも余裕が生まれて、
心の余裕は自分にも自分以外の他人にも優しくでき、
様々な豊かさを運んできてくれます。
持ち物に限ったことではなく仕事の仕方、持ち方、思考の持ち方など
様々なものごとにも繋がっているように思います。
ちょっとしたことだけれど、
パソコンやスマートフォンの中、メールボックスの中を断捨離するだけでも
気持ちがスッとするということもあります。
だけれども、時々感じることがあるのです。
断捨離をしている方の中には「物を持たない」という事に意識を持っていかれすぎて
知らず知らずに本来の目的から離れて、
「物を減らすこと」「物を処分すること」が目的になっているように見えるパターンがあるようだと。
きっと、メディアや本などに紹介されている方々の生活空間が
とてもすっきりとしたシンプルな空間であることが多いので
人の脳はそのような空間を断捨離のゴールとして捉えてしまうのかもしれません。
私自身も断捨離・ミニマリズム=スッキリ(し過ぎているように感じられるくらい)したお部屋というイメージがあります。
しかし、傍から見ると物が多いと感じる空間で生活をしている人の中には、
本当にその人にとって必要なものがあるだけで、
多いという感覚は見る側の勝手な感覚、という状態も存在します。
そのような状況の方が、
「断捨離をして物を減らさなくては、心地よく過ごすことが出来ない」
と思わせてしまうのであれば、断捨離やミニマリズムという考えは
ストレスにもなり得るのではと思うのです。
そして最近、このような話を聞く機会がありました。
頑張って断捨離をしてとてもスッキリとした空間を手に入れたのだそう。
クローゼットの中に至っては両手で足りるだけの数にまで減らしたのだとか。
だけれども、お洋服が大好きな自分にとって本当に必要なも、
大好きなものまで処分してしまったことでかえって生活がし辛くなり、
心の潤いまで断捨離してしまったようで、
目標にしていた空間だというのにストレスを感じ、生活にハリが無くなったのだと。
このような話を耳にすると、
確かに不要な物を手放すことで新たな空間ができ、
心身ともに風通しが良くなり、
新しい何かがそこへ舞い込んでくるものなのでしょうけれど、
「減らす」というよりは、何をどのくらい、どう残すか、なのではないかしらと。
それは、日々の中で自分の直感を信じて、自分の声を聞いて、
「好き」だと感じるものや「心地良い」と感じるもの、
「心を潤わせて豊かにしてくれる」ものや、
「使っていると幸せを感じる」ものを選んで、
きれいにお掃除した空間で過ごすことのように思えたのです。
無駄を省くことも良いことですし、必要なことでもあるのだけれど、
何ごともストイックすぎるのはバランスを崩しかねません。
どうか自分の中の「心地いい」や「好き」という気持ちを大切にしてくださいませ。
「心地いい」という気持ちや「好き」と言う気持ちに包まれていると、
人の心は柔らかく豊かになれるような気がするのですが、いかがでしょうか?
自分が本当は何を感じているのか、感じ取れていますか?
周りのことも、家族のことも大切ですが、そこに自分自身のことも入れてくださいね。
いつも頑張っているあなたに、心地よい時間が流れますように☆彡