ほんのりと甘い香りのするハーブティーを淹れた。
立ち上る湯気を鼻から吸い込むと胸の辺りが柔らかく緩んだ気がした。
ポットの中に注いだお湯の色が良い塩梅に色付く間、
真剣な眼差しで本日のおやつを選ぶ。
ナッツやドライフルーツを切らしていたけれど、
頂いていた焼き菓子があることを思い出す。
焼き菓子が入っている箱を開けると可愛らしいキツネが描かれたカードが入っていた。
頭に乗せているのは変化の術に使う葉っぱだろうか。
君、ちゃんと変化できるの?と、
余計なお世話だけれどもカードの中で微笑んでいる、
少しとぼけた表情をしたそのキツネに投げかけながらカードと小さな焼き菓子を2つ取り出した。
そういえば、絵本などに登場する変化狐は木の葉を頭に乗せて呪文を唱えて化けますが、
本来、変化狐が頭に乗せているのは、木の葉ではないということをご存知でしょうか?
キツネには階級があると言われているのですが、
人を騙したり、悪戯をしたりする変化狐は一番下の階級のキツネです。
そして、化ける時は木の葉ではなく、しゃれこうべ、そう、ドクロを頭に乗せ、
北斗七星を拝みながら呪文を唱えるのです。
そして、しゃれこうべが頭から落ちなければ術が成功するのだとか。
乗せているものが乗せているものだけに、
現代の子どもの絵本にそのような挿絵が載っていたら
泣き出す子どもも現れるかもしれませんね。
変化狐の変身アイテムとしてしゃれこうべがお話しに登場するのは、
9世紀頃の中国が始まりなのだそう。
そして、それがいつ、どのような形で日本に伝わってきたのかは定かではないようですが、
江戸時代に流行った『御伽婢子(おとぎぼうこ)』という書物の中でキツネは、
しゃれこうべを頭に乗せて北斗七星を拝み呪文を唱えて絶世の美女に化けるシーンが登場します。
この御伽婢子(おとぎぼうこ)というのは短編集で、原話は中国の怪奇小説です。
これを、僧侶で仮名草子作家でもあった浅井了意という方が翻案し、
江戸時代の怪奇小説ブームの先駆けとなった作品です。
ですから江戸時代では、老若男女問わず変化狐のアイテムと言えば「しゃれこうべ」だったのではないでしょうか。
そして、日本には、キツネが水草の藻や池の睡蓮を頭に乗せて美女に化けた
という話が残っている地方もあるようで、
藻や睡蓮が時代を経て木の葉1枚と表現されるようになったようです。
焼き菓子を食べながらカードの中のキツネにもう一度、視線を落とした。
少しばかりとぼけた表情をした可愛らしいキツネを見ていたら
しゃれこうべを使うは都会のキツネ、
木の葉を使うは田舎のキツネという見方もあるということをふと思い出した。
きっと、カードの中のキツネは長閑な場所で暮らすキツネなのだろう。
焼き菓子に添えられていた1枚のカードが
私のティータイムをほんの少し豊かにしてくれたことに感謝して、もうひと頑張り。
とリビングのソファーから立ち上がった、ある日の午後でありました。