どこからでしょう?
どなたでしょう?
太陽が沈み昼と夜の狭間のような時間帯になると、
何処からともなく口笛が聞こえてくるのでございます。
私には、その曲名は分からないのだけれども口笛の主のお気に入りなのか、
口笛が聞こえる時には決まって同じメロディーなのです。
その口笛が上手いのか、下手なのかと問われれば、
1分ほどのメロディーを途切れることなく奏でていらっしゃいますので、
なかなかの腕前なのではないかと思っております。
日々、意識しているわけではないのですけれどもね、
あまりにも定刻に聞こえてくることもあって、
私にとってのチャイム代わりの役目も果たしてくださっておりましたの。
ただ、誰がどこで奏でている口笛なのか、未だ分からないのが少々残念でございました。
そのような事を感じていた矢先、その出来事は起こったのでございます。
開け放った窓から曲名の分からぬあの曲が軽やかな口笛で聞こえてまいりました。
何方なのかは存じ上げませんけれど、今日も楽し気な口笛っぷりですこと。
と思っておりましたところ、随分とお年を召されたような男性の声で
「日が落ちてから口笛を吹くとはとは何事か!」と響いたのでございます。
ワタクシ、既にいい大人ですので、
そのような叱られ方に遭遇する機会も随分と減っておりまして、
一瞬、背筋がスクッと伸びたではないですか。
と同時に、その口笛もピタリと止んでしまったのです。
確かに、日本には口笛にまつわる言い伝えが色々とございます。
夜に口笛を吹くと蛇がやってくる。
夜に口笛を吹くとさらわれてしまう。
夜に口笛を吹くと天狗にさらわれてしまう。
たくさんありますので他の言い伝えをご存知の方もいらっしゃるでしょうね。
ですが、一番多く耳にするのは、
「夜に口笛を吹くと蛇がやってくる。」というものではないでしょうか。
日本人は古より言葉遊びに長けておりますので、
蛇という文字から「じゃ」という音だけを取り「邪」に繋げていたようなのでございます。
邪と言うと邪気祓いなど目に見えぬ何かを指しているように思えますが、
当時は邪=盗人だったのだそう。
誰かの口笛のせいで盗人を呼び寄せてしまっては厄介ですので、
夜の口笛は固く禁じられていたようです。
古の時代は太陽が沈んだあとは暗くて静かすぎるほどの夜がやってきます。
そのような中で響き渡る口笛は騒音に感じられたり、不気味な音に聞こえたりと、
周りの人たちを不快にさせてしまうことも。
周りの人たちへ迷惑をかけないようにとの配慮が含まれた言い伝えでもあったようでございます。
「日が落ちてから口笛を吹くとはとは何事か!」と解き放った方の
随分とお年を召されたような声色と言葉尻から察するに
言い伝えや道徳心を織り交ぜたお叱りだったのだろうと推察しております。
そして、あのお叱りの日以降、口笛の主の陽気なメロディーは姿を消してしまったのです。
静かな昼と夜の狭間が戻ってきたのですが、
ほんの少し残念な気がしているのは私だけはないような気が致しております。
皆さんが見ている昼と夜の狭間の景色はどのような景色でしょうか。
何が聞こえているのでしょうか。
今日は、あなたの夕暮れ時に目を、耳を、傾けてみてはいかがでしょう?