その日は、江戸時代前期の俳諧師・松尾芭蕉の作品を振り返る必要に迫られて
時折、舟を漕ぎつつ彼の作品を読み返していた。
それなりに歳を重ねてきているだけのことはあるようで、
学生の頃よりは作品について感じ取ることができる部分も見える景色も増えたように思う。
それでも「必要に迫られて」と言いながら舟を漕いでいる内はまだまだなのだろう。
そのようなことを思いながら眠気覚ましに濃いめの紅茶を淹れた。
書斎からリビングへ場所を移動して紅茶を飲みつつページを捲る。
次に現れたのは、「語られぬ湯殿にぬらす袂(たもと)かな」という一句。
ご存知の方もいらっしゃるかとは思うのですが、
この句に出てくる湯殿というのは湯殿山という名の神社のことで、
湯殿山神社には古くから厳しい規則があります。
それは、こちらのご神体については何ひとつとして他言してはいけない。
他言してしまいそうであるならば見聞きするな。
見聞きしたのであれば他言するな。というもの。
湯殿山神社だけではなく日本にはこのように、
この場所で見聞きしたことを他言してはならないという規則を設けた場所が幾つかあります。
このような規則を「お言わず様」「お言わずさん」と言います。
ただ、現代人の日常習慣が無意識にそうさせてしまうのか、
ネット上には画像を含めた詳細をあちらこちらで目にしますし、
画像や詳細と一緒に「お言わず様」だと記している方が多いのです。
私はそれを目にする度に、お言わず様はどこへいってしまったのかしらと思っております。
と同時に、神聖なご神体が人の言葉や印象で穢されぬよう作られた規則、
「お言わず様」「お言わずさん」も現代社会では効力を失ってしまうのかしら・・・・・・と。
もしあなたが、湯殿山神社のご神体に限らず、
何かしらの秘密を知ったとしたら、お言わず様を通すことができますか?
さて、冒頭の松尾芭蕉さんはどうだったのか、彼の句を要約してみますと、
「湯殿山での出来事は何一つとして外へ漏らしてはいけないと言われている。
そのような湯殿山に登ることができた有難さに私は涙をこぼした。」
というようように綴られております。
※ちなみに、古文で「袂(たもと)」や「袖(そで)」というキーワードが登場したら「泣いている様子」「涙」を表しています。嬉し涙か、悲し涙か、悔し涙か、涙の種類は見分けなくてはいけないのですが。
芭蕉さんは「お言わず様」を通すことができたようですね。
普段であれば私も湯殿山神社についても、
もう少し詳しくご紹介させていただくところではありますが、
今回は、お言わず様を通させていただきたいと思います。