郵便局へ行った。
何か販促キャンペーン中なのか普段よりも混雑していた。
来る時間帯を間違えたかな……と
少し悔やみながら順番待ちの紙切れを手に座席に腰かけた。
ただ、ぽけーっと待っているのも良いけれど、
普段よりも少しだけ背筋を伸ばしてお腹の奥底にグッと力を入れてみた。
そのような一人遊びを始めたところで、郵便局員の方が寄ってきた。
「お待たせして申し訳ありません。よろしければ、これをどうぞ。」
そう言ってポケットティッシュを下さった。
普段よりもちょっぴり良い姿勢のままお辞儀をして受け取った。
よくある光景ではあるけれど、外国人には不思議に映る日本の粗品ティッシュ。
以前、日本に遊びにきた友人とても驚いた顔で私に尋ねてきた。
歩いているだけで、待っているだけで、ティッシュをタダで貰うことができるなんて。
日本にはティッシュが余っているのか、と。
そして、ティッシュを受け取らずに通り過ぎた私に友人は、
信じられない、柊希の分を貰うために引き返してもいいかと言った。
もちろん、全力で引き留めたけれど、驚きのカタチも様々だ。
そのようなことを思い出しながら鞄の中に忍ばせてあった
空っぽのティッシュケースに、いただいたばかりのティッシュをセットした。
その様子を隣で見ていたのだろう。
ご年配の女性から「今どきのティッシュ入れはおしゃれね」と声をかけられた。
いつだっただろう。不意に、ティッシュ持ってる?と言われたことがあった。
その時は、躊躇せず鞄に入っていた粗品のティッシュを差し出すことにしたのだけれど、
差し出す瞬間、剥き出しのポケットティッシュを差し出すことに少しだけ抵抗を感じた。
その時のことがきっかけとなって、偶然見つけたネットショップで作ってもらったものだった。
お孫さんに贈りたかったようでどこのお店で買えるのかと尋ねられたのだけれども、
インターネットのお店だと伝えると、インターネットは使えないからダメだわ、と言われた。
その場に少しだけ行き場のない困った空気が流れた。
会話は途切れたままだったけれど、しばらくすると女性は会釈をしてカウンターへと移動した。
ホッとした私は一気に体の力が抜けたような気がした。
行き場のない空気が漂っていた間、私は彼女が手にしていた封書が気になっていた。
宛名に書かれた「樣」の文字。
一瞬、誤字かしら?と思ったけれど、そのようには思えなかったため、
手帳に書き記して改めて調べてみることにした。
すると、宛名を書く場合に使う「様」という字にはお作法があったことを知った。
今となっては、ほとんど使われなくなっているため
知らなくても当然のようだったけれど、そのお作法はこのようなものだった。
私たちが普段使っている「様」は、
右下の部分が「水」という字になっているため「みずさま」と呼び、
女性が手にしていた封書にあった「樣」は、
右下の部分が「永」という字になっているため「えいさま」と呼んで区別していたのだそう。
そして、目上の方に対して使う場合には「樣(えいさま)」を、
それ以外の方に対して使う場合には「様(みずさま)」を使っていたという。
郵便局で過ごした待ち時間が、思いの外、充実した時間だったと気がついたのは、
それからしばらくしてからのことだった。