彼の顔をテレビで見ない日はないように思う。
その「彼」と言うのは、第45代アメリカ合衆国大統領であるドナルド・トランプ氏。
彼の言動に様々なことを感じながら
彼が向かう先、目指す場所を見守っているわけなのだけれども、
ふとニュースの内容そっちのけで、
あぁ、なんてイラストにしやすいお顔立ちなのだろうか、と思うことがある。
先日も、駅のホームでそのようなことを頭の片隅で思いつつ、
彼の動向をネットニュースで追っていた。
私のスマートフォン上の記事に載せられていたドナルド・トランプ氏の写真が目に入ったのだろう。
私の横に並んだロマンスグレーの男性の目に、
「トランプなのにハートがないね」と声をかけられた。
普段なら人のスマートフォンを勝手に覗きこまないでくださいよ、
と思ってしまいそうなシチュエーションだったのだけれども、
つい、「わっ、上手い!」と声を上げてしまった。
ロマンスグレーの男性は私のリアクションに微笑み返した後は、
手にしていた文庫本へ視線を落としていた。
トランプなのにハートがない、か……。
私ひとりで楽しむのは勿体ないような気がして、
電車に乗り込んだ私は、直ぐに、その出来事を友人に伝えた。
すると、「笑点だね」と意外な答えが返ってきたのだ。
友人の話によると笑点で木久扇さんが、
「アメリカ大統領に喝」、「トランプなのにハートがない」と仰って、
ネット上でも上手い!と話題になったのだそう。
何だろう、車内の少し離れた所に居る、
先程のロマンスグレーの男性の姿がチラリと視界に入る度に感じる、
知ってはいけないことを知ってしまったような罪悪感は。
ワクワクしながら手品を楽しんでいるときに、
横から小声で手品の種を明かされたときのような気持ちにも似ているのかもしれない。
知らない方が幸せなことというものは、思いのほか、身近なところにあるようだ。