数日前のこと。
少し肌寒いかもしれないからと選んで着た洋服が、一歩外に出てみると既に「暑いっ」と感じた。
その翌日、もうすっかり日も暮れたというのに家の中が蒸し暑く、家中の窓を豪快に開け放った。
また一歩、夏が近づいてきたと思うや否や「梅雨」の文字が頭に浮かんだ。
今年の梅雨入りはいつ頃だろうか。
最近、そのような話題も耳にする。
そして今年の梅雨は、どのような梅雨だろうか。
男梅雨(おとこづゆ/おとこつゆ)かしら?女梅雨(おんなづゆ/おんなつゆ)かしら?そのようなことを思った。
梅雨を表す言葉に、男梅雨、女梅雨というものがある。
男梅雨というのは、豪快に激しく、ザーザーと土砂降りの雨なのだけれど、その後はカラリと晴れ間が見える梅雨のことだ。
陰陽で表現するならば、男梅雨は陽性の梅雨と言われている。
一方、女梅雨というのは、しとしと優しい雨が降り、なかなか晴れ間が顔を出さず、雨の日が続くような梅雨のこと。
陰陽で表現するならは、女梅雨の雨は陰性の梅雨と言われている。
男梅雨、女梅雨という言葉は自分と古くにできた言葉であるため、
この性別観を含んだ表現が、現代の様々にそぐわないのではないだろうか、
という声もゼロではないのだけれど、俳句の世界では今も季語として使用されている。
そして、私が個人的に興味深いと感じているのは、
男性がこの話題に触れるとき、「この雨を現代に当てはめるとするならば、
男性と女性が逆のようにも感じられる」とおっしゃる方が意外と多い、ということ。
もしかしたら、「男たるもの、こうあらねば」というような時代を頑張ってこられたからこそ出る表現なのかしら、と思ったりもする。
本来、男性も女性も、占める割合は異なれど、その両方の性質を持ち合わせているのだから、
四六時中、どちらかになりきる必要はないと、私は思うのだけれども、
このような時、言葉というものは自由で不自由で、
時に、人を縛る鎖にも自由に羽ばたかせる翼にもなる、面白いものだと感じる。
この時季の雨と言えば、もうひとつ。
これは、5月28日に限定したものなのだけれど、この日に降る雨を「虎が雨(とらがあめ)」と言う。
実際は旧暦の5月28日のことなのだけれど、
古のこの日、日本三大仇討ちの一つと言われている曽我兄弟の仇討で、
兄の十郎が命を落としてしまったのだけれど、それ以降、この日には雨が降ると言われていたのだそう。
そして、この雨は、十郎の死を悲しんだ、十郎の妾だった虎御前の涙雨だと言われている。
この、曽我兄弟の仇討は歌舞伎や映画、その他で題材として扱われている。
そのようなことを思い、思い出しながら、今年の梅雨はどちらだろうかと思う。
できることなら、しとしと風情ある女梅雨を期待したいところだけれど、
昨今の梅雨は、ゲリラ豪雨などという言葉も勢いを増しているから、どうなることやら。
今年の梅雨は、今回のお話をちらりと思い出していただけましたら幸いです。
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