年に片手で数えられるほどしか通る機会がない道を歩いていると、
視界の端で、赤い何かが大きく揺れた気がした。
立ち止まって視界の端の方へ顔を向けると、赤というよりは、南国で目にするような、
鮮やかなオレンジ色に近い赤をした大ぶりの花が目に入った。
この時季に、その道を通るのは初めてのことではなかったけれど、
見れば見るほど存在感がある、こんなにも色鮮やかな花がたくさん咲いていたというのに、
今まで気が付かずに通り過ぎていたことを惜しいと思った。
果実のようにも見える蕾が、ぱっくりと割れるようにして花を咲かせていたそれが、ザクロの花だったと後で知った。
ザクロの実は、時々目にする機会があるため、ひと目でそれだと分かるけれど、
これまで、ザクロの花を直に見たことは無かったのだと今更ながら気が付いた。
ザクロは、5月下旬から花を咲かせ、6月いっぱい頃まで花を楽しむことができるのだそう。
品種も色も豊富で、近頃では実を付けず、花を楽しむための鑑賞用のザクロもあるのだとか。
あれだけ、色鮮やかな花を咲かせているところを目の当たりにすると、観賞用としての改良が進んだことも頷ける。
このザクロ、秋になると果実を付ける。
熟した実は、赤く染まった硬い皮がぱっくりと裂け、
中に、ぎっしりと詰まった透き通った甘酸っぱい果肉を味わう。
フルーツとしてのザクロは、抗酸化作用をはじめとする様々な効果が期待できることもあり、
手軽に安定した美味しさと成分を口にできるジュースやサプリメントの人気が高い。
と同時にザクロは、実がぎっしりと詰まっているため、古くから豊穣や子孫繁栄、富に繋がると考えられており、
吉兆モチーフとしての人気も高い。
ザクロにまつわるギリシャ神話もいくつか残されている。
ある話では、冥界の神が豊穣の神の娘に惚れ込み、その娘を奪って冥界へ連れ帰ってしまうのだ。
冥界にはザクロの実があったそうなのだけれども、
冥界のものを口にした者は冥界へ来たお客様として、ある一定期間、冥界に留まらなくてはいけないルールがあったのだそう。
冥界の神は、少しでの長く豊穣の神の娘と一緒に居たかったため、
このルールを利用し、娘を騙してザクロの実を食べさせたという。
元の世界では娘を連れ去られた豊穣の神が嘆き悲しみ、
作物が育たず、実らず、収穫物がない時期があったのだけれども、
娘が冥界から帰ってきたことで多くの作物から、多くの収穫を得られるようになったのだとか。
このような神話も、ザクロが豊穣や子孫繁栄、富に繋がると考えられているようだ。
しかし、私が好きな神話は、もうひとつの方だ。
ザクロの実を見ると、先端の方に花の名残のようなものがあるけれど、
この“花の名残のようなもの”にまつわる話がある。
今度は、女性を弄んでいた、お酒の神のお話だ。
この神、若いお嬢さんに「君に王冠を授けるから」と騙して弄んだ挙句、このお嬢さんを捨ててしまうのだ。
捨てられたお嬢さんはショックで死んでしまうのだけれども、
この出来事を悲しんだワインの神・バッカスは、彼女をザクロの木に変えてあげることにしたのだ。
そして、ザクロの果実に王冠を与えたと言われている。
あの“花の名残のようなもの”は、バッカスが彼女に与えた王冠なのだ。
時季としては少し先になりますが、ザクロの果実を目にする機会がありましたら、
バッカスが贈った王冠を確認してみてはいいかがでしょうか。
ザクロと言えば、果実のみに意識が向いていたのだけれど、
その日の色鮮やかなザクロの花からのアピールは、私に、新しい扉の在処を教えてくれたようにも思う。
来年は、この時季を狙ってあの道を歩いてみよう。
ザクロの花との再会を願って。
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