秋の新蕎麦は春から初夏に出るそれよりも香り高いと言われている。
私は、お蕎麦の香りを聞き分けられるほど詳しくはないのだけれど、
それでも、そのような話を耳にすれば、この時季に出る新蕎麦を口にすると、普段のそれよりも、確かに香り高いような気分になる。
上手く乗せられているような気がすることもあるのだけれど、きっかけはどうであれ、
普段よりも、目の前のお蕎麦を丁寧に感じ、季節を感じられる時間は悪くないと、
深鍋にたっぷりと注いだ水が沸々とたぎる様子を眺めながら思った。
もう随分と前の話。
急ぎ案件だという仕事を片付けることになった私と同僚に、当時の上司がお蕎麦をご馳走してくださったことがあった。
上司行きつけだと言うその蕎麦屋は、とても渋い店構えをしており、
カウンターやテーブルに使われている木材は深いあめ色の艶を放っていた。
次は自分たちだけ来てみようと思うような素敵なお店だったけれど、
当時の私たちの年齢で行くには、少々遠慮してしまうような趣があり、「いつの日か」そう思ったまま現在に至る。
そのときのメニューは上司にお任せしたように記憶しているのだけれど、
店内に掲げられていた木版のメニューにあった「生蕎麦(生そば)」を、私と同僚は「なまそば」と読み、会話をしていた。
すると上司は、「“きそば”ね、“きそば”」と私たちの読み方を訂正した。
「生」を「き」と読むとき、混じりけが無く純粋なもののことを指すため、
純粋に蕎麦粉のみを使った十割そばのことを「生蕎麦/生そば(きそば)」と読むのだと知ったのは、そのときだった。
お蕎麦の味と共に、私の脳内に「生蕎麦/生そば」は「きそば」と読むのだとインプットされた日である。
しかし、それから随分と年月が経っているのだけれど、
世の中のお蕎麦を見渡してみると、蕎麦粉のみを使った十割蕎麦、生蕎麦/生そば(きそば)は、そう多くはなく、
茹でる前の、生麺のお蕎麦に記される「生そば」の文字を見ると、
今は「生そば=なまそば」が主流になってしまったのではないだろうかと思ったりもする。
生そばの文字を目にした際には、混じりけが無く、純粋な蕎麦粉のみの十割そばなのか否かを見極めて、
「生蕎麦/生そば(きそば)」、「生そば(なまそば)」を使い分けてみてはいかがでしょうか。
ただし、本来は「生蕎麦/生そば(きそば)」であり、
「生そば(なまそば)」という読み方は、本来の意味とは別の意味で使われ始めていることをお忘れなく。
そのような事を思い出しながら、つるつるっと秋の新蕎麦を堪能した日。
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