自宅近くに、新鮮な魚介類を数多く取り扱っている鮮魚店がある。
定番のものから旬を迎えたもの、時折目にする見慣れない魚などがズラリと並んでいるものだから、覘いたら最後、その日の夕食は魚メニューで決まりとなる。
何となく立ち寄ってしまうと、幸せな悲鳴を上げてしまうことになるため、お魚を欲しているときに意を決して足を踏み入れることにしている場所である。
その日も新鮮な魚介類を求めて立ち寄った。
これからナイトバーベキューでもと思ってしまうほどの、期待を裏切らない品揃えを前に、今夜の気分は?と脳内会議が始まった。
そして、ご飯もお酒も楽しめそうな鮮魚を選び終え、その場を立ち去ろうと振り向いた時である。
小砂利が敷き詰められ、岩場に見立てて配置されたであろう大きめの石が印象的な水槽が視界に飛び込んできた。
水槽内には小砂利が浸かるほどの水が張られ、フェイクグリーンも配置されており、熱帯魚が優雅に泳いでいてもおかしくないような出来栄えだったのだけれど、入れられていたのは熱帯魚ではなくサワガニだった。
サワガニは、きれいな水が流れる自然豊かな場所に住むカニだと聞いたことがある。
人が自然を人間にとって都合よく整備したことにより随分と数が減ったと聞くけれど、天然なのか養殖なのか、居るところには居るのだなと思った。
サワガニと言えば、唐揚げや寒露煮、パスタや天ぷらにと様々なメニューで美味しくいただくことができる食材としても人気。
そして、そこは新鮮な魚介類を扱う鮮魚店内ということもあり、食材として水槽に入れられていたのだけれど、水槽横に貼られた紙には、『唐揚げやペットにどうぞ』と書かれていた。
言いたいことは分かる。
間違ったことが書かれている訳ではない。
しかし、何だろうか、この胸の奥が静かにザワザワする感覚は。
思わず、水槽の中を元気に歩き回っているサワガニをじーっと眺めてしまった。
すると、「唐揚げ用ですか?ペット用ですか?」と声をかけられ、ザワザワの正体が分かったような気がした。
分かっているつもりではいるのだけれど、普段は忘れているのだ、命をいただいているということを。
正直なところ、四六時中そのようなことを考えていたのでは、生きていけない現実もあるけれど、既にカゴに入れていた魚介を見て、ありがたく美味しく残さずいただこうと思った。
それにしても、「唐揚げ用ですか?ペット用ですか?」という問いは現実が詰まりすぎていて、反則である。
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