幸せのレシピ集

cawaiiとみんなでつくる幸せのレシピ集。皆様の毎日に幸せや歓びや感動が溢れますように。

違いは個性であり、進化の始まりでもあるようだ。

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夜店から漂ってくるソースの香りは、どうしてこうも人を高揚させるのだろうか。

空港内や駅構内の何処かから漂ってくるスパイシーなカレーの香りもそうである。

自宅で使うそれらと大差ないように思うのだけれど、感じ方には大きな違いがあるように思う。

その日も、夜店のソース焼きそばの香りに鼻先を擽られ、「焼きそばを食べたいぞ」という気持ちを盛り上げられながら、自宅へ向かっていた。

途中、入ったことはないけれど昔からそこに在るのだろうと分かる喫茶店の前を通ると、ガラス越しに水槽が見え、そこには、ぷっくりとした朱赤色をした金魚の姿があった。

いつだったか、金魚のルーツは墨色をしたフナだと聞いたことがある。

水の中に墨汁を垂らしたときにできる黒色のグラデーションの一部をまとったようなフナと、艶やかな朱赤色の金魚が繋がっているとは想像し難かったけれど、フナには稀に赤いものが生まれることがあり、これが金魚の始まりなのだとか。

そう話してくれたのは、美術部に所属していた友人である。

当時友人は、金魚をモチーフにした作品を作る過程で金魚のルーツを知ることになったと言い、スケッチブックにフナや金魚の絵をサラサラと描きながら話してくれた。

実はこのとき、「金魚の体の色は成長するにつれて変化していく」というような話もしてくれていたのだけれど、

私の意識は友人の手から生み出される今にも動き出しそうな金魚の虜になっており、詳細は全く記憶に残っていない。

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しかし、それから随分と年月が経った頃だ。

足を運んだ夜祭で金魚を掬っていると、ご年配の店主が、金魚プールの前にしゃがんでいる老若男女へ向けて金魚の話をしてくれたのだ。

人生で二度目となる「金魚を知るチャンス」の到来である。

目の前をスイスイ泳ぎ回る金魚に大半の意識を持って行かれつつも聞き耳を立てていると、生まれたての金魚は透明だということ。

その透明な金魚は、成長するにつれて黒色、黄色、赤色と体の色が変化し、最終色である赤色も月日の経過や個体によって色の濃さが変化するといった話が、軽快な口調で語られていた。

他にも、様々な話があったのだけれど、私を含めた大半が目の前の金魚に夢中で、店主の話は心地よいBGMと化していたように思う。

掬い上げた金魚を数えてもらったあと、連れ帰ることができない金魚たちをプール内へ解き放ち、金魚の替わりとなるガラス製の小さな金魚の置物と真っ赤な飴玉を受け取って、その場を後にしたのだけれど、あのとき手にしたガラス製の金魚は何処へいってしまったのだろう。

大切にしていたはずなのだけれど、引っ越しを繰り返す中でいつの間にか無くしてしまっていることに気が付いた。

そのようなことを思い出しながら帰宅し、この機会にと湯船の中で金魚のルーツを覗いた。

すると、どのような色の金魚も生まれたばかりの頃は透明だということや、生まれたばかりの頃の体型は、ルーツであるフナに近い体型をしており、成長するにつれ、私たちが知る金魚の姿に変化することなどが分かった。

私は、生まれたばかりの金魚を目にしたことがないため、成長過程も想像するしかないのだけれど、ネット越しに誰かが仰っていた「金魚の成長は、突然変異したフナから金魚へと進化する過程を見るようなものだ」という言葉が印象的だった。

人の手によって生まれた品種も多数あるようだけれども、金魚に魅了される方の気持ちがほんの少しだけ分かったような気がした。

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いつの頃からか金魚をモチーフにした小物を好んで手にする機会が増えていたのだけれど、こうして、金魚を知る機会があったからだろうかとふと思う。

そして、違いは個性であり、進化の始まりでもあることを改めて感じた日となった。

夏の日に、金魚を目にする機会がありました際には、金魚のルーツをちらりと思い出していただけましたら幸いです。

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