腕まくりをするとペン先でつけた点よりも小さな赤い点が目に留まった。
先日、久しぶりに受けた血液検査の針の痕である。
血液検査は苦手なものの中のひとつではあるのだけれど、ボディメンテナンスの一環として年に一、二度受けている。
恐怖に飲み込まれてしまうと態度がぎこちなくなり、看護師の方に失礼をしでかしそうな心配がある私は、椅子に座る前に早口で苦手アピールをするのが常となっている。
そして椅子に座ったら、衣服の袖を捲り挙げた両の腕をグイっと看護師へ押し出し、針を刺す腕を選んでいただくのだけれど、このとき既に私の視線は天井の模様へ向けられている。
私の様な大人を大勢見ているであろう看護師は、慣れた様子で血液採取をすすめていく。
この日の看護師は、採血中の私の気を紛らわせようとしてくださったのだろう。
痛みを軽くする注射針のアイデアには「蚊」が関係していると話し始めた。
多くの方が蚊に刺された経験があると思うのだけれど、刺される瞬間に気付くことは少ないのではないだろうか。
これは、蚊が人の血を吸うために使っている針の構造によるものだというのだ。
私たちが、蚊に刺された瞬間に痛みを感じない理由は、今の人間の技術や知識を以てしても全てを解明するまでには至っていないという。
しかし、分かっている理由の中には、蚊は私たちの皮膚に小さな切り込みを入れ、そこに針を差し込んでいるから痛みを感じないというものや、蚊の唾液に含まれている麻酔成分によって針を刺されても痛みを感じない、といったものがあるという。
他にも、蚊針の先端にはとても細かいギザギザがついており、このギザギザが痛みを小さくしていることが分かっているといい、ギザギザが付いた蚊針にとても良く似た構造の注射針が作られているそうだ。
看護師は天井を見上げている私にこのような話をし、今はまだ注射針を刺す瞬間は、チクッとした痛みを感じることもあるでしょうけれど、できるだけ少ない痛みで採血や注射ができるよう看護師も腕を磨いています。それに、そのうち痛みを感じない針も登場するでしょうから、もう少しだけ頑張ってくださいねという言葉で採血タイムを締めくくった。
その瞬間、私は、採血による痛みに怯えている訳ではないことに気が付き、どうしてこれほどにも採血が苦手なのだろうかと思った。
強いて言うならば、何のトラブルも抱えていない皮膚に異物を刺されるという非日常的な出来事と、さっきまで体内を巡っていたはずの血が取り出されて目の前に並べられることに対して恐怖を抱かずにはいられないのだろうと思いながら席を立った。
それにしても、あの厄介な「蚊」からヒントをもらっているなんて、思わぬところで持ちつ持たれつである。
採血をする機会がありました際には、気分を紛らわせるために今回のお話をちらりと思い出していただけましたら幸いです。
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