桜の花が咲く少し前の頃だったかしら。
ある場所で順番待ちをしていた時のこと。
後の会話で分かったのだけれども4歳の女の子とママの親子連れが
私の後ろに並んだのです。
静かに並んでいるなと思いチラリと視線を向けると
女の子はマトリョーシカに夢中でした。
4歳の女の子にとっては少々握力を要するようで、
勢い余って何度か私の横っ腹めがけて豪快な肘鉄が飛んできました。
度々謝るママと少しだけ会話を交わしていると、
女の子がトントンと私の肘付近をたたき、
「見て」と言わんばかりの笑みでマトリョーシカをグイッと私の顔の前に差し出しました。
そのマトリョーシカの絵柄を見ると、
「可愛いね」と返すには少々シュールな絵柄で、
社交辞令を言うことを憚られた私は「楽しい?」と返してみたのです。
私の問いかけに楽しいと答えた少女は、
パカッと開けたマトリョーシカの抜け殻を私とママに交互に渡してきました。
それを手に眺めながら、やはり、どう見てもシュールだなと思っていると、
ママが小さな声で言った。
「すみません、可愛くないですよね、それ」と。
はい、と答えるわけにもいかないような気がして
「子供にしては渋いですね」と返しました。
その間も私の横ではパカッ、パカッと
少し乾いたマトリョーシカの音が響いていました。
一番小さなマトリョーシカを手のひらに乗せて
コロコロ転がす女の子を見て、私はあるお話を思い出しました。
「ねぇ、そのお人形にお願い事ができるの知ってる?」
私は女の子に声をかけます。
すると、私を見上げた女の子の小さな目が少しばかり大きくなったような気がしました。
皆さんはご存知でしょうか?
マトリョーシカの中の一番小さなお人形には、
「願いこめて息を吹き込んでから閉じると、その願いが叶う」
というちょっぴり素敵な言い伝えがあることを。
この言い伝えがあるロシアでは、
この一番小さなお人形のことを「希望ちゃん」と呼んでいます。
小さな「希望」にたどり着くためには、
ギュッと固まってしまっている殻や
強張っている殻を、一つずつ丁寧に取り除いていかなくてはいけません。
私は、少しだけ人の心にも似ているように感じるのです。
希望ちゃんは、希望でもあり、自分本来の気持ちでもあるかのように。
この希望ちゃんを外に出してあげてお願いを耳打ちすると
希望ちゃんは外の空気を吸って元気を取り戻します。
すると、不思議なマトリョーシカの魔法が発動して、
希望ちゃんが、あなたの願いを叶えてくれるのだとか。
そのようなお話を女の子にすると、
目をキラキラさせながらお願い事を考えはじめました。
そこで私の順番が来てしまい、
その親子と会話交わすことはなかったのだけれども、
その夜、バスタブの中で「何をお願いしたのかなぁ~」などと思った。
マトリョーシカは家内安全や子孫繁栄などのお守りとも言われているのですが、
このような魔法も持っているお人形です。
もし、大切な方へマトリョーシカをプレゼントする機会がありましたら、
マトリョーシカの中の一番小さなお人形には、
「願いをこめて息を吹き込んでから閉じると、その願いが叶う」
という素敵な言い伝えも贈ってあげてくださいませ。
私も子どもの頃にマトリョーシカをもらったことがあったのだけど、
その時の私はこの言い伝えを知らなかったのです。
あの時の私だったら、何を願ったのだろうか。
あなたなら何をマトリョーシカに願いますか?
そのようなことを思いながらベッドへ潜り込んだある日の出来事でした。
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