冬と春の狭間頃だったと思うのだけれども、
ある日、駅のホームのベンチに腰掛けて電車を待っていた時のこと。
私の隣の席をひとつ空けて外国人のお嬢さんが腰かけた。
手には路線ごとに色分けされた路線図が握りしめられていた。
その後、ご年配のご婦人が軽く会釈をして私の隣に腰かけた。
次の電車が到着するまでに時間があり手持ち無沙汰だったのだろうか、
ご婦人が私に話しかけてきた。
「昨日は寒かったけれど今日は少し暖かいわね。」と。
私も特段、何を思うでもなく、
「そうですね。今日は日差しもポカポカ暖かいですね。」と返した。
すると、ご婦人の隣に座っていた外国人のお嬢さんが
「すみません、私、留学生です。知りたいです。
どうして日本人、暑い寒いの話するのですか?
みんな、分かると思います。」と会話に入ってきたのだ。
近年、日本の気候に以前とは異なる変化が生じていることを肌で感じる事があるけれど、
それでも日本には四季があり、
その季節の移ろいを意識している日本人にとって
お天気の話は日常の中のありふれたコミュニケーションのひとつだ。
だけれども、季節の移ろいをさほど意識していない外国人にしてみれば、
お天気の話なんてする必要がどこにあるの?
と腑に落ちないコミュニケーションなのだ。
ご婦人のパーソナルスペース内へ
グイッと身を乗り出すように詰め寄る彼女にご婦人が答えた。
「少しの間かもしれないけれど仲良くしましょうね、という意味もあるのよ。」と。
ご婦人のゆったりとしたテンポと柔らかい笑みが
その場の空気を穏やかに包み込んだ。
世界中の言語と比較してみても
日本語は挨拶の多い言語だと言われている。
厳密に言えば季節や気温の感じ方は人それぞれで、
皆が同じように感じているわけではない。
だけれども、このお天気の話題がコミュニケーションを始めるきっかけになったり、
その場を和ませたり、間を繋いだり、互いの緊張をほぐしたりすることを
私たちは、いつの間にか感覚として身に着けているのだ。
日本語のような挨拶の言葉が無い国も多々あるので、
日本語を勉強される外国人の方は挨拶ひとつとってみても
母国語にはない感覚や言葉を学ぶという事は難しいだろうと思う。
例えば、以前こちらでもお話させていただいた
「いただきます」や「ごちそうさま」といった挨拶や
日本人が良く使う「よろしくお願いします」という挨拶のない国も珍しくない。
日本語の挨拶の背景には、
日本人の思いやりや感謝の気持ちなどが込められているのだと
日本人の挨拶について話している隣の席のご婦人とお嬢さんを眺めながら感じた。
家族やお友達、恋人と喧嘩をしてしまった翌日、
「昨日の喧嘩の事だけど」なんて切り出されたら、
その場の空気が一瞬ギュッと縮こまってしまうけれど
「おはよう」「今日は何だか暑いね」という挨拶から始めれば
ぎこちなさの中にも、まあるい空気が宿り仲直りのきっかけになることもある。
元気のない朝も挨拶ひとつで自分のエンジンがかかることだってある。
日本人の挨拶はとても奥深いですね。
そして、素敵なコミュニケーションを可能にする鍵のひとつなのだと思うのですがいかがでしょうか。
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