雨のにおいとアスファルトのにおいが入り混じった雨上がり日、
初めて通る道を歩いていると力強い金木犀の香りがして足を止めた。
辺りを見回してもその姿は確認できず、
呼び止められたかのようにも感じられた力強い金木犀の香りもパッと姿を消してしまった。
狐につままれた気分の私が再び歩き出そうとすると、
1メートル程先の石垣に空いた小窓からオレンジ色がちらりと見えたような気がした。
歩み寄って覗いてみると、
その奥には立派な金木犀の木にオレンジ色の花がみっしりと咲いていた。
何だか恋しい人に会えた時のような、
嬉しくて胸がきゅっとする気持ちが金木犀の柔らかな香りと共に私を包んだ。
これほどまでに立派な花を咲かせているのなら、
誰かに見てもらいたくもなるはずだ。
地面に目を向けると雨に打たれて随分と花を落としてしまったようだけれど、
きっと、金木犀の存在に気づかずにこの道を素通りしようとした私を
力強い香りを放って呼び止めてくれたのかもしれない。
歩き出した私の脳裏を「限りある時間を力強く」、そのような言葉が頭の中をかすめた。
先日、ネットラジオをBGMにしていたときのこと。
今年も3か月を切ったという内容のトークが繰り広げられていた。
私は、「今年もあと残すところ○か月」という類のフレーズは、
現代人特有のこの時期の挨拶みたいなものだと思っている。
もちろん人にはタイプがあり、
「あとこれだけしかない」と思ってしまうタイプ、
「まだこれだけある」と思ってしまうタイプ、
「そんなことはどうでもいいのでは」と思うタイプと様々だとは思うのだけれども。
私はどちらかと言えば「まだある」と思ってしまうゆえ、
まだ今年が終わった訳ではないし、○か月もあるじゃない、とのんびり構えてしまうのだ。
それでいて、1週間の仕事のスケジュールとなると
「あと○日しかない」と思う自分が顔を出すこともあり、
時にアタフタし、時に部屋の中を右往左往し、
時に涙目になりながらキーボードを叩き、
稀に余裕の笑みなどを浮かべたりもしている。
自分自身の扱いは上手くなってきているはずなのだけれども、
やはり人は一筋縄ではいかないものだ、と思う。
焦ったり、余裕を感じたり、その時々に湧く感情は様々だけれども
もしかしたら、このようなプチゴール、とでもいうのか、
この様々な区切りがあるからこそ気持ちを切り替えられたり、
目標を立てられたり、自分の日々を軌道修正出来たり、
焦りや余裕、達成感という気持ちを感じることができるのかもしれない。
人はいつだって、何度だって、新しいスタートをきることができると思うのです。
今年初めに抱いた、
こうなったらいいな、こうしたい、あれをしたい、といった気持ちや目標や願い、覚えていますか?
今年もまだまだ時間はあります。
毎日新しい気持ちで自分だけのゴールを目指してみませんか?
限りある時を力強く、しなやかに、季節に咲く草木の様に。
もちろん、楽しむ気持ちも忘れずに握りしめて。
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