立ち寄るつもりはなかったのだけれど、
焼きたてのパンの香りに誘われて、ふらり、パン屋へ足を踏み入れました。
店に入ると同時に香ばしい香りと甘い香りが出迎えられ、
意識する前に体は勝手に香りを吸い込んでおりました。
トレイにパンを乗せながら、焼き上がったばかりのパンはどれだろう?と、
自分の鼻を頼りに店内を端から見ていると、
お店の方が焼きあがったばかりのパンを教えて下さいました。
いくつかある焼きたての中からバゲットも一本いただくことにしました。
バゲットはフランスパンの中のひとつで長さが約70~80cmと、
フランスパンの中では長めのパンで皮がパリパリッと香ばしく塩味というのが特徴です。
私、フランス人恩師の粋な計らいで
フランスのご家庭にお世話になっていたことがあるのですけれど、
そちらのマダムに毎朝、おつかいを頼まれておりました。
それは、500メートル程の距離にある近所でも美味しいと評判のパン屋さんへ行き、
その日の朝食用に焼きたてパンを家族分購入してくる、というおつかいです。
困った時の為にフランス語で書かれたメモをポケットに忍ばせ、毎朝通っていました。
店主とも顔見知りになり「サービスだよ」と、
小瓶の中で宝石のように輝くジャムをいただくようになった時には少しだけ
その街に馴染むことが出来たような気がして嬉しかったことを覚えています。
ある朝、人数分のクロワッサンとバゲットをマダムに頼まれました。
おつかいを済ませた私は急いで帰り、
まだ熱が残っているバゲットをテーブルの上に置いたのです。
すると、斜め後ろからマダムが大きなため息をついたのです。
私、「(え?私、何かしたかしら?)」と随分ととぼけた顔で振り返ったのでしょうね。
一瞬だけ苦笑いを浮かべたマダムは、
その後、とても真剣な眼差しで、「バゲットは裏返しに置いてはダメよ」と言いながら、
裏面(焼き目模様が入っていない平らな面)を下にしてバゲットを置き直したのです。
フランスには、裏返しに置いたバゲットは不幸を呼んでくるという迷信や、
テーブルを囲んでいる中の誰かに不幸が起きるなどという迷信があり、
バゲットの裏面を上にして置くことは、とても縁起が悪いのだそう。
他にも地域によって様々な言い伝えが残っているようなのですが、
どの言い伝えも裏返しに置いたバゲットは不幸を呼んでくるというものです。
たかがパンの向きくらいで?と一瞬だけ思ったのですが、
日本にもそのような迷信はたくさんあり、
信じる、信じないは別として誰もが習慣にしているようなことはありますものね。
それと同じことだと気付き、その日以降はバゲットやパンをテーブルに置く際、
気を付けることが習慣になってしまいました。
バゲットをテーブルに置く機会がありましたら、
ちらり思い出していただけましたら幸いです。