とうとう数年愛用していたジューサーの買い替え時が来たようだ。
毎朝、人参とりんごをジューサーにかけたものにレモン果汁をプラスして飲んでいる。
かれこれ7、8年程続けていただろうか。
3代目のジューサーは徐々に音が大きくなり、野菜やフルーツの繊維質が残るようになり、小さな不具合が重なるようになってきた。
大した時間ではないものの不具合の調整に毎日時間を取られるようになり始めた頃から
少しずつジューサーの出番が減り、今はこのフレッシュジュースが朝食から姿を消している。
習慣化していた何気ない朝の1杯が自分の体にどのような好影響を与えていたのか、最近、ヒシヒシと感じている。
体は本当に正直で、「今日口にしたものは3ヶ月先の自分の体を作る」。
これを改めて身をもって感じている最中だ。
「継続は力なり」という言葉は、広島に住んでいた宗教家の言葉だったと思うのだけれども、改めて、的を得た言葉だなと感じる今日この頃。
どんなに小さなことも継続していることは力になるのだと思う。
誰もが感じていることではあるのだけれど、簡単なことだから、得意なことだからという理由だけで続けられるものは実際にはそう多くはない。
継続することの難しさと重要性は大人になれば誰もが痛感する、「オトナあるある」のひとつかもしれない。
今の私は目の前にある、お役目を終えたジューサーを通して、そのようなことを感じている。
日常の中の至るところに「そうすることが当たり前だから」というようなことが在るけれど、それらを継続しているということは自分の自信として感じていいと思うのだ。
毎日、家族の為にしている何か。
会社の為、その先に繋がる人たちの為にしている何か。
自分の為にしている何か。
本来、当たり前のことなんて、何もないのだから。
そう考えたら自分って意外とすごいのでは?と少しテンションが上がりもする。
どんなに素敵な瞬間も繰り返し経験すれば、それが日常になり、新鮮さは感じられなくなってしまう。
もちろん、私たちには刺激も必要だけれども、常に新しい刺激を求めて続けて、感じ続けて、取り入れ取り換え続けていると、穏やかさという時間からは自然と遠のく。
当たり前だと感じている新鮮さが失われた中にもキラリと光る何かはあると思うのです。
自分が、その輝きに慣れてしまって感じられなくなっているだけで。
私自身もそうなのだけれども、こういう事は意識して観察してみないと、「慣れ」に流されてしまいがち。
ですから、今日は、あなたの当たり前になっているものの中にあるキラリと光る何かを探してみはいかがでしょうか。
いつもの日々の中に在った素敵な何かが、あなたを優しい気持ちにしてくれるかもしれません。
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