気心知れた間柄の友人への、ちょっとしたお礼の品を探していた。
いつの間にか、お付き合いの期間も長くなっており、
このようなシチュエーションで困ることも増えてきたように思う。
時間だけが過ぎる中、お礼のタイミングを完全に逃してしまいそうな気がした私は、
リクエストを友人に聞いてみることにした。
「え!何でもいいの?車とか?」
「それは残念ながら無理」
くだらない会話が数往復した後、友人は「バターナイフが欲しい」と言った。
ナイフと言えば、フランスのオーヴェルニュ地方にナイフ類が有名な小さな田舎町がある。
当時の私は、ナイフへのこだわりは無いに等しかったのだけれども、
知人がナイフと言えばティエール(町の名前)のものだ、
ティエールのナイフであれば親子代々で使えるものだ、などと熱弁するものだから、
1度だけ足を運んでみたことがあった。
素朴で温かみのあるその町は、刃物の町と言われているだけあり、
ナイフを扱うお店が多い印象を受けた。
日本でも有名なライヨール(ラギヨールとも)のものも、
その多くはティエールで作られていると言う。
せっかく足を運んだのだから記念にいただこうかと物色をしていたとき、
お店の方に声をかけられたのだ。
「あなたが探しているナイフは自宅用、贈りもの、どちらかしら」と。
「今日は自宅用を」と返すと、お店の方は続けた。
「もしナイフを贈り物にするときには相手から必ずお金をもらわなくてはダメよ」と。
意味が分からずポカンとしている私に知人も、
「そうそう、そうなの。大切なことを教えて無かったわ。」と続いた。
フランスではナイフ類の刃物を贈るときには、相手から必ずお金を取るのだとか。
その時にいただく金額は、その人のお財布の中に入っている少額の小銭を1枚。
これは、ナイフの料金ということではなく、
贈り物の刃物が相手の縁を切ってしまわないようにする、
おまじない(風習)のようなものなのだそう。
ご縁や絆を大切にする温かい“おまじない(風習)”だと感じた半面、
ナイフ、フォーク、スプーンなどのカトラリーを贈り物にするときには、
相手を選ぶじゃないか、とも思った。
少なくとも、このおまじない(風習)の話ができる相手でなくてはならない。
しかし、今回は心配無用。
バターナイフを贈る相手は、例え、ご縁を切ろうとしたとしても、そう簡単には切れやしない友人。
そう考えた私は、ライヨールのバターナイフ、ブレッドナイフ、ジャムスプーンがセットになったものを、このおまじないの話も添えて贈った。
すると友人は、この“おまじない(風習)”を知っていたと言って、
お財布の中から5円玉を取り出し私に手渡した。
手の平に置かれた5円玉は既に準備してあったのだろう。
穴には、細くて可愛らしいミサンガのようなものが通してあった。
日本では本来、刃物は災いを断ち切り幸運を切り開く縁起の良い贈り物とされているけれど、
中には、「刃物は、ご縁を断ち切るものだから贈り物にするなんて非常識」
と感じる方もいらっしゃる。
それならば、刃物の贈り物をいただいたら、ご縁が切れてしまわないよう5円(ご縁)を渡す、
この“おまじない(風習)”が、日本でも広まっても良いように思うのだけれども、いかがでしょうか。