お洋服の裾上げをしたくて、デパート内にあるお直し店へ足を運んだ。
呼び鈴を鳴らすと奥にあるアトリエから、
上品な雰囲気の、首にメジャーをかけた白髪女性が笑顔で出迎えてくれる。
ひと通り、私が思うお直しの要望を伝えると、
その内容を手際よく伝票に書き込んでいく。
その様子をなんとなく眺めていたのだけれど、
過ごしてきた日々が記されているような、
素敵な手に付けられた使い込まれている指ぬきが、
彼女の代わりに、私はこの道のプロだと物語っているようだった。
少々込み入ったお直しをお願いしたこともあって、仕上がりまでに少し時間を要するとのこと。
彼女は卓上カレンダーを捲って菖蒲月(あやめづき)でもよろしいですか?と尋ねてきた。
急いでいるわけではないので構わないことを伝えると、
「あ、ごめんなさい。今の人たちは菖蒲月(あやめづき)なんて言わないわね。
5月、5月でもよろしいですか?」と言い直した。
皐月(さつき)なら使う人も時々いるのだろうけれど、
書物の中以外で初めて耳にした生の「菖蒲月(あやめづき)」に私は静かに感動していた。
旧暦の5月は、新暦、今で言う6月から7月頃のこと。
このため、菖蒲の季節から取ったのであろう菖蒲月(あやめづき)という呼び方の他にも、
橘の花が咲く時期でもあることから橘月(たちばなづき)という呼び方もあります。
更に、本来であれば梅雨の時期でもあったため雨月(うげつ)などとも呼ばれておりました。
だけれども、私たちにとって一番親みやすい5月の和風月名は、
皐月(さつき)ではないでyそうか。
新暦での5月、旧暦での6月頃は田植えの時期ですが、
先人たちは田植えをする月のことを早苗月(さなえづき)と呼んでいたと言います。
これが後に皐月(さつき)に変化したそうなのですが、
古語では「さ」という言葉、文字には耕作や田植えの意味が、
「皐」の文字は神様に捧げる稲の意味がありました。
このような意味が偶然にも重なっていたからなのか、
敢えて重ねたものなのかは私には分からないのですが、
現在も使われている「さつき」の「さ」には「皐」の文字が使われているです。
そして、この時期は古の国外でも農作物が芽吹く時期だったのでしょうね。
5月を表す「MAY」という表記は、
ローマ神話に登場するある豊穣を司る女神の名、マイアが由来だと言われております。
そして、女神マイアは豊穣を初夏の風に乗せて運んでくるのだとか。
示し合わせたわけでもなく時代も異なると言うのに、
国内外で似た景色を切り取っているなんて、興味深いものです。
人に歴史あり、言葉にも歴史あり。
といったところでしょうか。
日常生活の中で明確な使い所があるわけではないけれど、
このようなストーリーに触れるひと時が、
日々の暮らしや人生を、ほんの少し、豊かにしてくれるキッカケになれば幸いです。
今月もまだ始まったばかり。
1日、1日を自分らしく楽しんでまいりましょ。