ある休日、たまには人混みに紛れてみてもいいのかもしれないわ。
そのような気まぐれスイッチが入り、世の中の流れに乗るようにして外出した。
あまりの人の多さに気持ちが少々仰け反りつつも楽しんでいると、
背後から「カワイイ、カワイイ」と、あまりにも弾んだ声で聞こえたものだから、
つい振り返ってしまった。
そこには外国人観光客が「木彫りの何か」を手に取り、大いに盛り上がっているところだった。
遠目からではあったけれど可愛らしさの欠片すら見つけられなかった私は、
もしかしたらニュアンスの違いだろうか、と思った。
カワイイという日本語は、「kawaii/cawaii」という表記で
日本から世界へと輸出された言葉だけれども、
外国では、日本人が使うカワイイに含まれるニュアンス以外にも
日本文化独自の洗練されたカッコよさを「kawaii/cawaii」という言葉に含ませていることがある。
そうかと思えば、日本で言うゆるキャラのような
愛らしさが溢れている物の総称として「kawaii/cawaii」を使うこともある。
この手の表現は「kawaii/cawaii」に限らず、
日本語と英語間のニュアンスの違いは珍しいことではない。
例えば、「ラブリー(Lovely)」と聞くと私たち日本人の多くは、
「愛らしい」という意味やニュアンスを思い浮かべるけれど、
英国では「とても素晴らしい」という意味で使われ、「グレート(great)」のニュアンスに近い。
英国暮らしを初めた最初の数か月間、私はこの言葉に惑わされていた。
美味しいと評判のソフトクリームを食べても「ラブリー!(Lovely)」、
私が少し難しい英文を理解できた時も「ラブリー!(Lovely)」と発する彼ら。
どうしても違和感を解消出来ずに尋ねてみると
「愛らしい」という意味ではなく「素晴らしい」という意味なのだと知り、腑に落ちたことがあった。
他にも日本ではおしゃれな装いを見かけたとき、
「素敵だ」とも言うけれど「カワイイ」という事もある。
この癖が抜けずにいた私は友人のおしゃれな装いを見て「キュート(cute)だ」と発した。
すると、友人はこのような時に「キュート(cute)だと言われても全く嬉しくない」と言った。
キュート(cute)は子供らしくて可愛い場合に使う言葉で、
どうやら私は友人に、「あなたの装いって子供っぽくてカワイイわね。」と言ったことになっていた。
丁寧に教えてもらって理解出来た瞬間、
「なんて厭味な発言をしてしまっていたのだろう」と私の背筋は凍り付いた。
おしゃれで素敵、おしゃれで可愛い、と伝えたい時には「プリティー(pretty)」を使うのだと、
その時に強く刻み込まれた。
とは言え、正直なところ、私の抱いている「プリティー(pretty)」という言葉のイメージは、
今も尚、どこか少女らしさの残る可愛らしさだ。
きっと、国民性や個々の感性によって抱くイメージは多種多様なのだろうと
改めて感じたある日の光景だった。
それにしても「カワイイ」という言葉、
本来は「不憫だ」、「気の毒だ」といった意味の言葉だったそうなのだけれども、
全く逆の言葉に転じた上に、どのようなモノゴトにも対応可能な万能さがあり、
外国にまで輸出されることになるなんて、なかなか面白い道を歩んでいるように思う。