今年の秋は、雨が多いように思うのは気のせいだろうか。
気候や気温の変化やその時期も年々変化しているからだと思うのだけれども、
テレビから漏れ聞こえてきた「例年であれば」という天気予報士の前置きが、
何となく予報の逃げ道のように感じられることがある。(※否定的な意味ではありませんので悪しからず……)
普段、意識することは少ないけれど、
これが、地球という名の生きものの中で暮らしているということなのだろうと思いながら、
ベランダに出て、その日の天気や気温を肌で確かめた。
雨は上がっていたけれど、ベランダから見えるずっと先の方に
土を混ぜたような濃い灰色をした大きな雨雲の塊が見えた。
一か所にだけ集中して浮かんでいるところを見ると、雨雲の下はゲリラ豪雨なのではないだろうか。
通学や通勤時間と重なってしまった方々は、朝から少し大変だ。
このゲリラ豪雨という言葉、今では当たり前のように使われているけれど、
正しい気象用語では局地的豪雨と呼ばれている。
だけれどもワタクシ、勝手な想像と思い込みで、
局地的豪雨よりも激しく降る雨の状態のことをゲリラ豪雨と呼ぶようになったのかしら、などと思っていたのだ。
名前は存じ上げないけれど、偶然テレビで見かけた天気予報士の方が
正しい気象用語は~というお話をされているのを聞き、
現代人が現代人の感覚で局地的豪雨を別の言葉で表現するとそうなるのか!と妙に興味深く思ったことがあった。
もし、50年後くらいまで言葉が生き残ることができたのなら、
古の言葉たちと肩を並べるようにして「季語」なんて冠が付いていたりして。
朝から無駄な想像を膨らませつつ、
局地的豪雨<ゲリラ豪雨だと人前で発言する前で良かったと胸を撫で下ろしもした。
まぁ、ここでお話してしまったら、人前で話したも同然なのだけれど……。
そう言えば、随分と前、天気図を細かく読めたら素敵!と思ったことがある。
そして、そのような気まぐれを起こした私は、様々な図鑑や本を買い込んで天気図のこと、
雲や雨の名前、性質などを覚えようとした。
結局は、すぐに飽きてしまい、天気図を読むことはプロにお任せし、
私は五感で天気を感じられればそれで良し、というところに着地したのだけれど、
その時に、積乱雲のような雲から突然降り出す雨は驟雨(しゅうう)と呼ばれており、
その中に、にわか雨や通り雨、夕立といった様々な雨に分類されていることを知った。
雨の表情もイロイロだ。
出勤中や通学中、子どもの送り迎えの時間と雨降りが重なると憂鬱になることもあるけれど、
時々、雨の表情を感じてみるのも悪くないと思うのだ。
その日、私の住んでいる場所の雨は小降り。
雨で冷えた空気に似合う、
少し気分が上がる洋服をクローゼットの中から引っ張り出した。
雨の日は雨の表情を肌で感じつつ、雨の日の楽しみを見つけてみてはいかがでしょうか。
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