年の瀬の頃、ある方とのやり取りの中で感じたことがある。
物やご厚意など、形のあるなしに関係なく、何かしらをいただいたとき、
私たちは「ありがとうございます」とお礼を伝えるけれど、
お礼を言われたときの返しには、その人の癖や地域性、相手との関係性などが表れるのだなと。
その言葉には、いえいえ、いいえぇ、どういたしまして、はいっ、どうぞおかまいなく、
といった様々なバリエーションがあり、
その時々のシチュエーションによって、選ぶ言葉にも違いがあるのだけれど、
ありがとうに対して反射的に出る返しには、その人の癖のようなものがあるように思う。
時々、目上の方や上司などに「ありがとう」と言われると返答に困ると言う方がいる。
これは、「ありがとう」に対する返事にもお作法があるからなのではないかと思うのだ。
相手に何かをしてもらった時に使う「どういたしまして」という言葉は、
相手にしてもらったご厚意に対して
感謝やお礼を伝える「ありがとう」という一種のお礼に対する「お礼」。
親しい間柄である相手には使いやすいけれど、
目上の人や上司などに「どういたしまして」と返そうとすると、
偉そうな返事のような気がすることから戸惑ってしまうのだろう。
これは、「どういたしまして」という言葉には、
「私にとっては大したことはないので大丈夫」という意味合いが含まれているため、
この、微妙なニュアンスを無意識に感じ取ってることが理由のように思う。
このような時には、お役に立てて幸せ(嬉しい)です。
喜んでいただけて幸い(嬉しい)です。
いつでも仰って下さい。
この辺りを「ありがとう」に対しての返しの選択肢に追加しておき、
その時々に合ったアレンジを加えて使うと良いのではないだろうか。
もちろん、「どういたしまして」も使って良い言葉ではあるのだけれど、
相手との親密度によって、または、世代によって感じ方が異なる言葉でもあります。
「ありがとう」のお礼に対して返す言葉も、相手に合うものを選ぶことができると、
些細なやり取りの中にも奥行きや深みが出てくるような気が致します。
時々、照れてしまって上手にお礼を伝えられないという方がいらっしゃいます。
上手に伝えることにこだわらずに、
自分の中に生まれた「ありがとう」をシンプルに伝えてみてはいかがでしょうか。
考えることも大切だけれども、時には心のままに。
2018年も、言葉のキャッチボールから生まれる一瞬一瞬を大切にまいりましょう。