普段、スナック菓子を口にする機会はほとんどないのだけれど、
過去に体に馴染んだ習慣というものは、どこかしらに消えぬまま残っているようで、
時々、クリスプを見かけると「食べたい」そう思うことがある。
その日はティレルのクリスプをネットで見かけ、衝動が沸いた。
ちなみに英国では、私たちが言うポテトチップスの類のものはクリスプ(クリスプス)と呼ばれ、
フライドポテトのことはチップスと呼んでいる。
ティレルのクリスプは、英国で人気があるポテトチップスのひとつで、
ジャガイモ農家がオーガニックにこだわって育て上げたジャガイモを使って作っている。
味付けに使われる調味料も、安心、安全なオーガニックのものに拘っており、
1枚、1枚に厚みがあるそれはジャガイモの味が濃く、歯ごたえも良い。
中にはネイキッド味と言って味付けなしのジャガイモの素揚げ状態のものもある。
その丁寧なモノづくりが日本人にも受け入れられているのか、
ティレルのクリスプは日本でも買うことができる。
英国では、クリスプを食事が運ばれてくる前に摘まむ習慣があるのだけれども、
私が初めに感じた食事の直前にスナック菓子?という違和感と罪悪感は、
拘って丁寧に作られたものに出会うと、
その安心感と美味しさから、それらが少しずつ軽減され、
いつのまにか、酸化してしまっているであろう揚げ油の存在を思うことが
何となく野暮なことのように感じられたこともあった。
このティレルのクリスプは、パッケージにも特徴がある。
以前見かけた、ネイキッド味のパッケージに使われている写真は、
一糸纏わぬ男女の後ろ姿だった。
食品に裸の男女の後ろ姿が使われていたのだ。
裸を表す「ヌード」という言葉ではなく、
むき出しのもの、覆われていないもの、を表す「ネイキッド」を使っていることから、
会社側の配慮は伝わってくるのだけれど、
これが日本であれば社内会議で真っ先に没になったのではないだろうか。
仮に面白い!と商品化に至ったとしても、世の中がそれをどう受け取るのか。
パッケージ片手に、そのようなことを思いながら「攻めているスナック菓子」だと感じたことがあった。
その日の私は、クリスプの味を欲したというよりは、
当時の日々を懐かしみたい気持ちが沸いたということだったのだろうか。
ひと通り思いを巡らせているうちに、
あれほど強く感じていた私の「食べたい」という衝動はすっかりと消え、
結局その日は、PCのモニター越しにクリスプを眺めるにとどまった。
美容や健康を思えば、
スナック菓子には手を伸ばさない方がいいという思いもゼロではないのだけれど、
どのようなものでも体への栄養、心への栄養だと思えば、
その瞬間の自分に必要な栄養になるだろうし、毒だと思って口にすれば毒にだってなる。
私自身は、そのように思っている。
もちろん、スナック菓子を食べた後の体への対策はいくつか用意しているけれど、
本当に自分が食べたいと感じたのなら、
その気持ちに逆らわずに時にはスナック菓子だって口にする。
答えは、いつだって、何だって、ひとつだとは限らないのだ。