空腹を満たし、人通りが多い道を歩いていると、絶妙なタイミングでチラシを差し出され、
私の体は反射的にそれを受け取ってしまった。
こちらの歩調を崩すことなくグッと体を差し込み、
受け取り手が最も受け取りやすい位置にソレを差し出し、
こちらが受け取るや否やスッと身を引く手際の良さに思わず感心してしまった。
普段であれば、すぐに捨ててしまうのが忍びなくて、
極力受け取らないようにしているチラシだけれど、
今回は、敵ながらあっぱれ!と思ってしまったものだから、
敬意を表し、手にしたチラシにザッと目を通してみることにした。
チラシは、近々オープン予定の中華料理店のものだった。
きっと、開店時の集客や今後続けていくための宣伝も兼ねているのだろう。
素人目から見ても太っ腹すぎやしないだろうか、この先大丈夫だろうか、
と思ってしまうような、様々なクーポン券がチラシには添えられていた。
店主の意気込み溢れるそれを目にし、私は思わずチラシ越しにエールを送った。
店主からしてみればチラシ越しのエールではなく、
直接お店に足を運んでくれ、と強く言いたいところだろうけれど。
そのチラシには写真付きでメニューが紹介してあり、その中にモンゴリアンビーフがあった。
モンゴリアンビーフというのは、
細切れの牛肉か焼肉用の牛肉に下味をつけて揚げ焼きにし、
そのお肉と好みの野菜を炒め、
醤油、オイスターソース、砂糖、トウガラシ、ショウガ、ニンニクなどを使って作ったソースを絡め、
最後に片栗粉でとろみをつけたもの。
これを、パリッと揚げた春雨の上に乗せ、最後にゴマや浅葱を散らす一品だ。
お味は、唐辛子を使ってはいるけれど、それほど辛い仕上がりではなく、
甘いか辛いかと言えば、甘めで濃い味付けの、ご飯もお酒もすすむようなアメリカ風中華料理だ。
酢豚を作るようなイメージで作られたそれは、牛肉の代わりに鶏肉を使うバーションもある。
そして、鶏肉を使ったものは、モンゴリアンチキンと呼ばれている。
私が、このメニューを始めて知ったのは英国で暮らしていたときだった。
美味しい「お米」が恋しくなったとき、
その気持ちを手軽に紛らわすためにチャイナタウンへ行き、炒飯を口にしていたことがある。
その時、たまたま入った中華料理店の店主がアメリカの方だったことがあるのだけれど、
アメリカの中華では、このモンゴリアンビーフが中華の定番であると教えてくれた。
定番であるにも関わらず、いつから食べられている料理なのかは不明で、
名付けの由来も定かではないという。
モンゴルと付いているからにはモンゴルと関係があるのか尋ねる私たちに、
店主は自信たっぷりに、モンゴリアンビーフというネーミングはアジアのイメージが沸いてくるじゃないかと言い放った。
私以外にも「なんて安直な」と心の中で静かに突っ込んだ人が居たかどうかは分からないけれど、
本格中華を求めてチャイナタウンに行ったと言うのに、アメリカ中華を食す私たち。
まぁ、色々と思うところはあったけれど、
その時に口にしたモンゴリアンビーフも他のメニューも美味しく、
お腹も気分も満たされて帰宅したように記憶している。
そして、各国流の中華を味わってみるのも悪くはないと思った。
食は国境を超えて人を笑顔にする。
一枚のチラシから、久しぶりに口にしたくなったモンゴリアンビーフ。
皆様もアメリカ中華の定番メニュー、機会がありました際にはお試しあれ。