石に携わる仕事の依頼をいただいているときは、不思議な出来事や石にまつわる話を見聞きする機会が増えるように思う。
事実は小説より奇なりとはよく言ったもので、説明し難いようなことも度々起こるものだから、石が持っている美しさや愛らしさに見惚れつつ、世の中、いつ何時、何が起きてもおかしくないと、意識させられたりもする。
手のひらの上に乗せた一粒の小さな石は、広くて深い自然への入り口に過ぎず、その奥には様々な世界や声が広がっているように思う。
いつだったか、書店の童話コーナーで贈り物にできそうな本はないかと、書棚を見上げていたときのこと。
ドテッと重い音と共に一冊の本が落ちてきた。
安定していない状態で置かれていたのだろう。
そして、たまたま、その場に居合わせた私の前に落ちてきただけのことだとも思うけれど、このようなことが頻繁に起こるのも、石に携わっている時が多いように思う。
落ちてきたのは、子どもの頃に読んだ『青い鳥』だった。
作者名は、すっぽりと記憶から抜け落ちていたのだけれど、表紙にあった「メーテルリンク」の名を目にし、言われてみれば、そのような名前の作者だったような気がすると思った。
『青い鳥』は、このようなお話だ。
チルチルとミチルという名の貧しい境遇に在る兄と妹の夢の中に魔法使いが現れ、幸福の象徴である青い鳥を探すようにと言う。
2人は、夢の中で過去や未来にある様々な国を旅しながら青い鳥を探してまわるのだけれど、2人は、青い鳥を見つけることは出来ずに帰宅した。
というところで2人とも目が覚めるのだ。
そしてその後、自宅で飼っていた鳥が青い鳥に姿を変えていき、チルチルとミチルが驚くというお話なのだけれど、結局のところ、幸せは、自分達の最も身近なところ、日々の暮らしの中にあるという、教訓を含んでいる。
その、懐かしい物語の世界をのぞいてみたくなり、落ちてきた本を書棚へ戻す前にパラパラと捲り、中に目を通した。
何枚か目にした優しいタッチの挿絵を目で追っていると、お話の中では、2人が次の国へ行くための魔法のアイテムとしてダイヤモンドが登場することを思い出した。
人々は、時代と共に発達する研磨技術によって、ダイヤモンドの透明度や輝き、その秘めたるチカラに魅了されてきたのだけれど、
青い鳥の作者が、永遠の絆を守り、人間関係や財産、富を引き寄せ、邪気を祓い、持ち主のプラスの想いを強化、増大させる最強の護符だと言われているダイヤモンドをチルチルとミチルに持たせたのも、
作者自身がダイヤモンドに魅了されていたのかもしれないし、あるいは、登場人物に対する愛情だったのかもしれない。
今度ゆっくりと『青い鳥』を読み返す際には、物語の中やアイテムに散りばめられた作者の想いや意図を掬い上げながら読み進めてみるのも、大人ならではの楽しみ方になりそうだ。
そのようなことを思っているとポケットの中に入れていたスマートフォンが震えた。
本を書棚に戻し、受信したメールを覗き込むとダイヤモンドに関するメールだった。
しかも、添付画像には青い鳥を模ったキャンディーが写っていた。
これを偶然というべきか、必然というべきか、判断や感じ方は分かれるところだけれど、日々の暮らしの中には、幸せだけではなく、様々なものが散りばめられているようである。
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