幸せのレシピ集

cawaiiとみんなでつくる幸せのレシピ集。皆様の毎日に幸せや歓びや感動が溢れますように。

時には頭の中も思いっきり力を抜いたらいいと思うのだ。 

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濃い目に淹れたダージリンを、温めた牛乳に注ぎ入れた。

カップの中で渦を描くようにして混ざり合ったそれは、温かみのある、美味しそうな色合いに変化した。

久しぶりに淹れたミルクティーを味わいながら、叶わぬ多頭買いの夢を疑似体験すべく、動物動画の鑑賞会を始めた。

心身共に癒されたころ目に留まった愛らしいウサギの動画を眺めながら、年が明けて間もない頃に遭遇した小学生たちの会話を思い出した。

工事現場前に立っている警備員の方の誘導待ちをしていたときのこと。

工事現場によくあるお詫びの看板が立てかけてあった。

あの、深々と頭を下げたキャラクターの看板だ。

それに気がついた小学生の一人が、「この人、気持ちよさそうに居眠りしてる」と言ったのだ。

「申し訳ございません」の文字が真っ先に目に飛び込んでくる大人の私には、お詫びをしている以外の動作に見えたことが無かったため、その子の発言に感動し、そのキャラクターに対して妙な愛情が沸いたように思う。

そして、その子の発言に対して別の子が言った。

「違うよ、謝ってるんだよ。でなきゃ、ここに置いてる意味がない」と。

このような時、いつも思うのだけれども、子どもは、いつだって真っすぐで自由で、時に残酷である。

私は、その子どもたちの輪の中には入っていなかったけれど、キャラクターに沸いた妙な愛情をスパッと切り裂かれ、現実に引き戻されたような感覚がした。

 

そして今度は、更に別な子が猫みたいに足が長いウサギがいると言い出した。

「そんなウサギはいない」という面々に対し、バッグからスケッチブックとペンを取り出して、その足が長いウサギとやらを描いて見せた。

私は後ろからそっと彼が描く絵を覗き込んだ。

そこには、お世辞にも上手だとは言えないようなウサギらしき動物が描かれていた。

テレビ番組で、“与えられたお題を絵にする”というような企画があるけれど、もし、その子が書いた絵を、大人が書いた絵として発表したならば、周りが大爆笑しそうな、手足や顔のバランスに難アリ、いや、味アリと言われるような絵だった。

申し訳ないけれど、私もココロの中で、絵としては面白くていい味を醸し出しているけれど、いないんじゃないかな、と思ってしまった。

その後、彼らとは別方向へ進んで帰宅した私は、絵を描いたその子が言っていた「寒いところにいるウサギ」というキーワードを頼りに、そのウサギを探してみたのだ。

すると、彼が描いていたようなウサギに辿り着いた。その名も北極ウサギ。

彼が言っていたように寒いところに生息しているウサギだ。

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あの日は、彼らのやり取りを一歩引いたところから見守っていた私の、凝り固まっている想像力や発想力を柔らかくしてもらったような日となった。

偶然目にとまった動画の中のウサギは、一般的な、足の短いウサギだったのだけれども、あの日を思い出した私は、時には頭の中も思いっきり力を抜こう、そう心に決めた。

皆さんは、時間に追われない時間、確保できていますか。

肩の力も頭の中に入れっぱなしになっている力も、時には思いっきり抜いてみてはいかがでしょうか。

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