早くも「冷やし中華、あります」の文字を目にした。
季節を楽しむことに長けており、季節を先取りすることが粋だとされてきた日本人の心は、
DNAレベルで組み込まれているに違いない。
そう思う瞬間のひとつである「冷やし中華、あります」「冷やし中華、はじめました」の一文を、
今年初めて目にしたその日は、この時季にしては肌寒く風がある日であったため、
店の前を通り過ぎながら小さく身震いをしてしまった。
天気と、この手の商売の関係も、私が思う以上に奥深く難しいものなのだろう。
そのようなことを思いながら、次にカラリと晴れた日がきたら、
初夏を先取りするみたいにして、大好きな薬味をたっぷりと乗せて味わう初夏の味、
冷やし中華でも食べてみようかしらと思った。
家路を急ぎながら夕食の焼き魚に思いを馳せた。
肉厚の身に程よく浸み込ませた紅塩のほのかに甘い塩味は、さぞかしご飯がすすむであろう。
その他のメニューを想像していると、ふと、片栗粉の残量が気になった。
ここ最近、気が向いたときに「水溶き片栗粉」で行うグリル掃除を実験しているため、
普段よりも若干早く片栗粉が切れるのだ。
魚を焼いた後のグリル掃除は、脂のべたつきに加えて魚のにおいがつきもので、
美味しく味わった後のひと仕事にしては、地味に面倒である。
「今夜は疲れたから翌朝にでも」などとしようものなら、翌朝のキッチンは魚臭祭りとなってしまう。
だから、頑張って洗うわけなのだけれども、
専用アイテム増やして常備し、管理するという手間を増やさずに、
自宅にあるもので手軽にキレイさっぱり仕上げられたら最高だという思いから、様々な方法を実験している最中である。
現段階で最終選考まで残っている方法のひとつが「水溶き片栗粉」だ。
方法は簡単。水200mlに対して片栗粉を大さじ4杯溶かし、
これを、お魚を焼く前のグリルの水受け皿に流し込んでから焼く。
食後、グリルの熱が取れて水溶き片栗粉がグミのように固まったら、
捲るようにして剥がし、水受け皿を軽く洗えば完了。
この水と片栗粉の割合が崩れると水溶き片栗粉が程よく固まらないため、
目安とされている分量はしっかりと量った方が失敗がないよう思う。
ただ、何度か実践して感じているのだけれど、脂がのっているお魚の場合は、
掃除後もグリルに、お魚のにおいが強く残ってしまうため、よりしっかりとした洗浄が必要になる。
そうなると、片栗粉を重曹に変えた「重曹水」を流し入れたグリルか、
重曹をそのままパラパラと水受け皿に振り入れた状態でお魚を焼き、
その後は、その重曹を使って普段通りに洗ったほうが、汚れと焼き魚のにおいが一掃されるように思う。
ただ、こちらの方法にも弱点がある。
この方法を続けていると重曹がグリルの素材によってはコーティングが剥がれるのだ。
どちらの方法も悪くはなく試す価値もあるのだけれど、一長一短でもあり悩ましい。
暮らしを整えるということにゴールは無いのかもしれないけれど、
私の場合は、自分に合った方法で、シンプルにできるところをシンプルに変えることができたなら、
空いた時間で何をしようかしらとワクワクしていたりする。
実験だなんて言い方をしてしまっているけれど、大げさなことは何もしておらず、
自由気ままにそれ自体を楽しんでみる日々。
自分の中に今ある「こうするべき」から解き放たれた先にある新しい視点で見た景色も
なかなか魅力的な景色であるように思う今日この頃だ。
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