書棚を整理していると、1冊だけ、随分と古くなっている源氏物語が目に入った。
源氏物語は、純粋に作品として楽しむこともできるものだけれど、
物語の中には当時の人々が触れていた香りや、感じていたにおいに関する記述も多く登場するため、
香りやにおいの物語として楽しむ方も多いと言われている。
そのようなことを思いながら、古くなったそれにパラパラッと風を送り込み、適当に開くと、
「雨夜の品定め」として知られている話の頁が現れた。
偶然にも香り、いや、ここでは「におい」と言った方がいいだろうか。
現れた話は、“におい”と“恋”にまつわるものだった。
堅苦しさなど無い、クスッと笑える話でもあるので、今回はある一組の男女のお話を少し。
お時間がありましたら、お好きなお飲み物片手に、お付き合い下さいませ。
「雨夜の品定め」として知られている話は、
光源氏を含めた4人のプレイボーイたちが集まり、恋愛話や女性論に花を咲かせるというもの。
そのメンバーの1人は、当時、とても賢い学者のお嬢さんとお付き合いをしていたそうなのですが、
時代が時代ですので、多くの女性との恋を楽しんでいたのでしょうね。
その彼女の元へは長い間、足を運ばずにいたようなのです。
そして、久しぶりに彼女の元を訪ねたときに事件は起こります。
彼女は、タイミング悪く風邪をひいてしまっており、
当時から薬効が高いと重宝されていたニンニクを煎じて飲んでいました。
もちろん、今のように無臭ニンニクなど無かったでしょうから、
彼女からも、彼女の付近からも、それはそれは強烈なニンニク臭がしていたに違いありません。
彼女にとって、久しぶりに彼と会えることは、間違いなく嬉しいことだったように思うのですが、
そこは、複雑な女心でございます。
彼女は、
「風邪をひいてしまったので、ニンニクを煎じて飲んでしまいました。ニンニクのにおいが消える頃に再度、お越しくださいませ」と言って、彼を避けてしまうのです。
そう言われた彼は、
「どうして何で会ってくれないの?もしかしてニン二臭いから?」と、
デリカシーに欠ける和歌を詠み、その場を立ち去ろうとしました。
そのような和歌を捨て台詞のように詠まれた女性であれば、
複雑な思いを胸に、言葉を失ってもおかしくないであろうシチュエーションですが、
この彼女、冒頭で触れました通り学者のお嬢さんで、本人もとても賢く頭のキレる女性でした。
賢くて頭がキレるだけでなく、負けず嫌いなところもあったのか、
直ぐさま彼に、このような和歌を返します。
「毎晩お会いするくらい親しい仲であれば、昼間にお会いすることになっても、ニンニクの臭いがする時であっても恥ずかしいとは思いませんのにね。残念なことですわ」と。
何だか、ピリピリムードまで時代を越えて伝わってきそうな内容ですが、
ここで、どうして、なかなか会いに来てくれないということだけでなく、
「昼間に会うこと」までも盛り込まれているのかというと、
当時はニンニクのことを蒜(ひる)と呼んでおりました。
ですから、歌に蒜(ひる)を登場させ、ニンニク以外に「昼」も掛け、
なかなか会いにきてくれない彼に責任があると遠回し且つ、強く伝える和歌に仕上げたのです。
平安文学の最高峰などと言われることもある源氏物語ですので、
雅な世界のみに意識が向いてしまうこともありますが、
単なる痴話喧嘩だと分かれば、突っ込みどころ満載ではないかと思うのですが、いかがでしょうか。
薬効の高いニンニクは、厄除けや悪霊退治に使われたり、
エジプトでは、ピラミッドを造っていた労働者たちへのニンニクの支給が止まると
ストライキを起こされるなど、人々から強い信頼を得ておりましたが、
このように、恋路の邪魔をすることもあったようでございます。
ニンニクを召し上がる機会がありましたら、このようなことをチラリと思い出していただき、
心の中でクスッと笑っていただけましたら幸いです。
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