数えきれないほど足を運んでいる通りに、雑貨店があった。
独特な雰囲気と年季が入った店構えから見るに、随分と前からそこにあったことは一目瞭然だった。
私の推測が正しければ、私は、その雑貨店に気付くことなく、何度も何度も、この通りを歩いていたことになる。
灯台下暗し、ここに在り。である。
ある程度のお店のエントランスは、1人でも潜ることができる度胸もそれなりに備わってきた年齢ではあるのだけれど、
それでも、少しばかり躊躇するような店構えであった。
真昼間であり、目の前のそこは雑貨店だ。
命まで取られはしないだろうと、少し大げさな思考が脳内を一周したところで、
見た目よりも重さがある扉を押して店内の入り口に立った。
思わず、「お邪魔します。」と言いたくなるような店内は、小ざっぱりしていたけれど、
アンティーク感をまとった雑貨が、適材適所に並べられていた。
それらを見ていると、場の雰囲気にそぐわないようにも見えるカードが至る所に添えられていた。
カードには、『いつも、丁寧に扱っていただき、ありがとうございます。おかげさまで、不注意による破損がありません。』と記されてあった。
雑に扱うつもりは毛頭なかったけれど、一瞬感じたプレッシャーに、
商品に伸ばしかけた手をそっと引っ込めて、雑貨店を後にした。
そして、公共施設内にあるパウダールームに貼ってある、『きれいに使ってくれて、ありがとう。』と同じ威力ではないか、と思った。
利用者に対して、丁寧に扱って欲しい、きれいに使って欲しいといった目的でかける言葉には、
いくつかの選択肢がある。
あなたの行動が誰かへの迷惑になるかもしれないのだと伝え、
自分以外の誰かの視線を印象付けることによって、丁寧に、きれいに使ってもらうことを促す、
「汚してしまうと、次の方が困ります。」と言う言葉や、
利用者の行動を禁止することによって丁寧に、きれいに使ってもらう狙いの、
「汚してはいけません」、「触らないで下さい」といった言葉など。
他にも異なる視点から投げかける言葉があるけれど、
日本人に対して使う際、「汚してしまうと次の方が困ります」や「きれいに使ってくれて、ありがとう」が特に効果的だと何かの本で読んだことがある。
これは、日本人は、「思いやり」という良い意味でも人の目を気にする気質なので、
自分の行動が、誰かの迷惑にならないようにしよう、という心理が自然に働くことや、
誰かに感謝されると嬉しいと感じるのと同時に、
感謝されるような人でありたいという思いが無意識下にあるため、特に、このような言い回しが効果的なのだそう。
確かに、外国でこのような言い回しの貼り紙はあまり見かけない。
仮に、このような貼り紙を目にしたら、「どうして、“ダメだ”、“してはいけない”とハッキリ書かないのかしら?回りくどい。」と言い出すに違いない。
もしくは純粋に、「まだ何もしていないのに、どうして先にお礼を言っているの?」と首をかしげるかもしれない。
物は言いようだと言うけれど、本当に、その通り。
そう思うと、あの雑貨店のカードは、果たしてあれで良いのだろうかと思ったり。
私が気にすることではないのだけれど、至る所に置かれていたカードは、ガードマンのようであったと思う午後である。
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