友人の子どもが私に『ヘンゼルとグレーテル』の絵本を持ってきた。
読んで欲しいということではなく、その中に描かれていたお菓子の家を見せたかったようだった。
ここはクッキーで、ここはチョコレートでと嬉しそうに話すようすを眺めながら、
この話、農作物の不作続きで飢えが蔓延し、その終わりが見えないことに困った親が、我が子を捨てる話なのだけれど、
私がその真意に気付いたのはいつ頃だっただろうか、と思っていると、
この話、知ってる?と尋ねられた。
知っていると答え、うっかり真実を口にしてしまいそうになる口元にギュッと力を入れ、
真実に、たっぷりのまろやかさを加えてオブラートに包み込んだような“あらすじ”を話すと、
勢いよく「正解」と言い、2、3度ほど私の頭を撫でてくれた。
その直後だった、その小さなオトモダチは、私に衝撃的なことを言い放ったのだ。
この子たちは道に迷っていたけれど、ママのスマホのGPSを使ったら、
スマホの声の人(音声ナビのこと)が道を教えてくれて、ビュンッと家に帰ることができるのにね、と。
久しぶりに会うと、どこから突っ込めばいいのやら、どこから驚いたらいいのやら、である。
確かに、ヘンゼルとグレーテルが現代のスマホを持っており、
GPSの存在と使い方を知っているならば、パンくずを落としてくる必要も無かったし、
パンくずが消えてしまっていても大した問題ではない。
確かに非常に面白い発送なのだけれど、この物語の中にスマホを持ち込むのはいかがなものかと思うのである。
その後も、いくつかの物語の中に現代目線を投入したお話を披露してくれたのだけれども、
最初の発言が衝撃的過ぎて、しばし黙っている私に友人が種明かしをしてくれた。
お友達のご自宅に、世界クイック名作集なるものがあり、それを高校生のお兄ちゃんが読み聞かせてくれたらしく、覚えて帰ってきてしまったのだという。
※正しくは、『忙しい現代人のための 2秒で読める 世界クイック名作集』
この世界クイック名作集というのは、WEBマガジンに掲載され、注目を集めた大人向けシュール漫画である。
既に物語を知っている大人が遊び心で楽しむ漫画なのだけれど、
忙しいママが子どもに手短に物語を読み聞かせるには?という発想、
もちろん、このシチュエーションも作者の遊び心なのだけれど、そのような体で書かれているのだ。
例えば『桃太郎』なのだけれど、
川上から桃が流れてきて、その桃を割ると桃の中では既に桃太郎が鬼を退治しており、物語がスピーディーに完結してしまう。
そして、物語が完結したのだから、子どもはもう寝ましょう、というような流れである。
その中に登場した『ヘンゼルとグレーテル』では、彼らがGPSを使って迷うことなく自宅に戻ってきたらしいのだ。
友人は、そのような、もうひとつの物語を知ってしまった我が子に少しばかり困ってもいたけれど、
世の中の表も裏も知っている大人が楽しむには、面白いのではないかと思った。
作者が持つ時短の感性に興味を持った私は、遅れ馳せながら、こちらを近々入手し、この世界をのぞいてみようかと思っている。
本物を知り、その表も裏も十分に理解した上で、このような遊び心も忘れずにいたいものである。
作品情報:
『忙しい現代人のための 2秒で読める 世界クイック名作集』
著者:マキゾウ・オモコロ編集部
出版社:イースト・プレス
画像をお借りしています:https://jp.pinterest.com/