スマートフォンを覗き込むと、知らない番号からの着信履歴が残されていた。
誰だろうと思いながら、残されていたメッセージを確認すると、とても上品で柔らかい声の女性であることが分かった。
聞き覚えが無いその声に耳を傾けていたのだけれど、すぐに間違い電話だと分かった。
と同時に、電話の主と、主がかけようとした方の関係が素敵なものであることが想像できるようなメッセージでもあった。
電話の主である女性のご自宅には梨の木があるのだそう。
今年は、出来が良い、美味しそうな梨がたくさん実ったから送ったそうなのだけれど、
住所が間違っていたようで戻ってきてしまったという。
だから、住所を聞いて送り直したいのだと言っていた。
そこでメッセージは終わるものだと思った私の指先が、停止の文字に触れかけたときだった。
あまりにもおっとりとした口調で違う話を始めてしまったものだから、
思わず、これが留守電であることを忘れてしまったのだろうかと心配してしまった。
案の定、通常よりも少しだけ録音時間を短めに設定していた私の留守電は、
楽し気に話す彼女の柔らかい空気を、有無を言わせず遮断した。
このようなことは時々あるのだけれど、きっとすぐに気付くだろうと思い触れずにいることがほとんどだ。
しかし、メッセージの中で、「お留守のようだから、また掛け直す」と仰ってはいたけれど、
「かけた先を間違えていますよ」とお伝えした方が良いのか、久しぶりに悩んでしまった。
もし、私が彼女の立場であったなら、友人の留守電だと思って楽し気に話したメッセージを、見ず知らずの人に聞かれた上に、
その見ず知らずの人から、わざわざ「間違えていますよ」と折り返しの電話で指摘されたとしたら、
きっと、恥ずかしさで頭のてっぺんから湯気が出てしまうのではないだろうかと思った。
ここは、彼女が無事にご友人と連絡を取ることができ、
この出来事が笑い話になることを願ってそっとしておこう、という結論に達した。
それから4、5時間ほど経った頃だ。
私のスマートフォンが鳴り、画面には間違い電話の女性のものらしき番号が表示されていた。
まだ気が付いていないのだと思い電話に出ると、例の上品で柔らかい声の女性だった。
彼女は丁寧に名を名乗り、実は間違ってあなたの留守電に長々とメッセージを残してしまったからと、お詫びの電話をかけてきてくださったのだ。
なんて律義な……、と思いつつ、気になっていたことなどを告げると、
無事に連絡を取ることができたため、明日、梨を送るのだと嬉しそうに話してくださった。
時間にして1、2分ほどの短い会話だったはずなのだけれども、
不思議と、ゆったりとした穏やかな時間が流れていたように思う。
間違い電話や間違いメッセージが残されているといったことは、割とよくあることだけれど、
このようなやり取りは、稀なのではないかと思った。
もう名乗っていただいた名前も忘れてしまったけれど、彼女の声から感じた彼女の印象は、今もまだ、ほんの少しだけ私の記憶に残っている。
温かい間違い電話もあるのだと湯船の中で振り返った夜。
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