食事会の場所へ向かう途中、頭を空っぽにして歩いていると、
上弦を過ぎて膨らみ始めた月の近くに、
小さいけれど、肉眼でも確認できるほどの赤い光を放っている星を見つけた。火星だ。
火星は、地球との距離間によって、明るさが変化する惑星なのだけれど、
今年に限っては、4月下旬辺りから11月下旬頃まで、通常よりも明るく見えると言われている。
7月31日には、火星が地球に最も近づいたこともあり、
直前のニュースなどで“火星大接近”という言葉を見聞きした記憶が残っている方もいらっしゃるのではないかと思う。
それから数か月ほどが経過した現在、火星の輝きは、落ち着きつつはあるのだけれど、
それでも、赤い輝きは、街の灯りと月の光のそばであっても、簡単に見つけることができた。
子どもの頃、自宅には古い天体望遠鏡があった。
両親が買ってくれたものだったのか、祖父母辺りから譲り受けたものだったのか、
その辺りは全く記憶に残ってはいないけれど、
当時の私には、やたらと大きくて、上手くピントが合わせられなかったことを覚えている。
それでもきっと、望遠鏡を通して夜空を眺めたはずなのだけれど、
どういう訳だか、肉眼で眺めた記憶しか残っていない。
そのかわりにと言って良いものか分からないけれど、望遠鏡で眺めたものの記憶と言えば、夜空ではなく、昼間の庭先の木々だった。
部屋に居ながらにして、少し離れた先にある木々の葉や花の表情を、
肉眼で見るよりも鮮明に見ることができることが楽しくて、時々のぞいていたのだ。
今の私の手元に、あの望遠鏡があったなら、もっと上手に使いこなせるはずで、
当時の私には宝の持ち腐れだったようにも見えるけれど、
私が植物の接写写真を何となく好むのは、
この時、目にしていたレンズ越しの景色が影響しているのかもしれないと思っている。
何気ない日常も、意味がないように思えるひとコマも、
これまでの自分や、これからの自分を作る欠片のようなものなのだろう。
月の横で輝く火星を視界に捉えながら、そのようなことを思いつつ歩いていると、
食事会の場所へ一緒に向かっていた友人に「で、どうなの?」と話を振られてハッとした。
話半分になっていたことを悟られまいと、聞いていたはずの会話を、高速モードで手繰り寄せた。
もうしばらくの間、望遠鏡がなくても肉眼で火星を捉えることができます。
この機会に、お月様のすぐそばにある小さな赤い輝き、火星をひと目、いかがでしょうか。
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