大好きな紫陽花と蝶があしらわれた、お気に入りの扇子を取り出した。
縁あって譲り受けた大切な一本である。
和装では季節を少し先取りしたものを身に着けることが「粋」とされているため、紫陽花があしらわれたこの扇子を粋に身に付けようと思うと使い時は非常に短いのだけれど、
お気に入りを側に置いておきたい気持ちが勝ってしまう私は、初夏の頃から晩夏手前までは、この一本をメインに使っている。
とは言うものの、着物や浴衣を纏う機会はそう多くはないため、自ずと洋装時に使う機会が断然多く、大半はバッグの奥にお守りのようにして忍ばせている状態である。
それでも時折、バッグの奥からひっぱりだしてパッと広げ、はたはたと数回扇げば、お気に入りのあしらいと涼やかな風によって気分が穏やかになる。
私にとって扇子は、無くて困ることはないけれど、あると心が豊かになる、そのような存在だ。
以前、扇子の扇ぎ方にはお作法があり、男性と女性とでは異なるという話題に触れたことがあるのだけれど、
久しぶりに扇子を手にすると、ついうっかり男性扇ぎをしてしまい、「あー、違う違う、違った」と扇子を握り直すのも、私の中では一種の風物詩と化している。
先日も、男性扇ぎをしてしまい夏の訪れを感じたところである。
扇子の背景には様々なエピソードがあるのだけれど、今年も扇子を手にする方が増えるこの時季がきたため、扇子のお役目に関するお話をひとつ。
扇子は、風を起こしたり、口元を隠したり、その他にもたくさんのお役目を持つ日本生まれのアイテムなのだけれど、
そのお役目の一つに「あちら側とこちら側を仕切る」というものがある。
ここで言うところのあちら側とは厳かな聖なる世界のことで、こちら側とは俗世界のこと。
ご挨拶をする際に扇子を自分の前に置くという仕草があるけれど、これは相手と自分の間を扇子で仕切り、厳かで聖なる世界と相手を重ね合わせることで敬意を表すという意味が含まれているという。
だから、お着物の帯に扇子を差し込んだままでもご挨拶はできるけれど、敢えて扇子を取り出して、横ではなく自分の前に置くという何気ない所作に、深い意味が込められているのである。
この夏、扇子を手にしているときに、ご挨拶をするようなシチュエーションに遭遇された際には、和装洋装に限らず、今回のお話を思い出していただけましたら幸いです。
そして扇ぐ際には、女性扇ぎではんなりと涼をとって下さいませ。
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