『不思議の国のアリス』をモチーフにして作られたボックスを持っている。
これをいただいたのは7年前、いやもっと経っているだろうか。
年に1度か2度、その箱を開けたり閉めたりしながら眺めて一息つくのが、ささやかな楽しみのひとつである。
本当は、いつでも目が届く場所に飾っておきたいくらい素敵なボックスなのだけれど、とても繊細な材質のためキャビネットの中にしまっている。
ただ、近頃は、例え色褪せたとしても、それは共に在った印のようなもので、使ってあげてこそ生きるのではないだろうかと思い始め、キャビネットの中から取り出した。
まだ定位置も中に入れたいものも決まらず、キャビネットの上がボックスの仮住まいの場ではあるのだけれど、それが目に入ると「不思議の国」へ思いを馳せワクワクしている。
やはり取り出して正解だったようである。
取り出しはしたものの、今回はまだ一度もボックスを開け閉めしていないことを思い出してボックスを持ち上げると、カタンと耳慣れない音がした。
何も入れていないと思っていたはずのボックスの中に入っていた音の正体は、以前利用していた銀行のトークンだった。
トークンとは、取引をする際に必要となる本人認証として、1度限り有効なワンタイムパスワードが表示されるアイテムである。
なぜ、このような場所にしまったのか記憶になく不思議だったけれど、トークンを使わぬまま取引を終えた銀行のものだ。
不思議な出来事は、もうひとつ続いた。
数日前、とある考古学の資料を目にする機会があったのだけれど、その中に「トークン」という言葉が登場した。
トークンという言葉は、様々なシーンで使用され、意味も様々だけれども、私の中でトークンと言えば銀行のそれらがメインである。
この日出会ったトークンとは何ぞや?と思い資料を読みすすめてみると、古代メソポタミアなどの遺跡から発掘されたものの中のあるものに、「トークン」という名が付けられているとあった。
こちらのトークン、粘土で作られたもので、円盤型、棒状、球といった形をした粘土のかたまりで、随分と古くから発掘されていたそうだ。
しかし、用途を見出すことができなかったようで、ただの「粘土のかたまり」として処理され廃棄されていたという。
しかしあるとき、粘土で作られたボウルのような容器状の中に、粘土で作られたかたまり、トークンが詰められていたものが発見されたのだそう。
粘土製のボウルの中にはトークンがピッタリとはまる窪みがあったことから、言葉や数字が存在していなかった時代、
ものの数など誤魔化す人が出ないよう管理する目的で使われていたものではないか、という推理をする学者が現れたという。
学者の推理はこうだ。
粘土が乾ききってしまう前に、粘土製のボウルの中に品物と同数のトークンを敷き詰めるようにして入れて封をする。
乾いたボウルは、叩き割らない限り中身を取り出すことができないため、品物を受け取る側は、数を誤魔化さずに届けられたかどうかボウルを叩き割ってトークンの数と品物の数を数えて確認したのでは?と。
そして、この学者は、ボウルの中に敷き詰められていた粘土のかたまりをトークン、ボウルの方をブッラと名付けたそうだ。
粘土のかたまりや、それらが敷き詰められていた粘土製のボウルの用途に関しては、異論を唱える方もいらっしゃるようで一説の域を超えてはいないようだけれど、そう言われると、そのようにも思えてくるのだから面白い。
まさかのトークン繋がりの話題に触れることになった夜、あのボックスが不思議の国への扉を開けたのだろうか、などと思いながら、今度こそ空になった、お気に入りのボックスの中を覗き込んだ。
トークンという言葉に触れる機会がありました際には、今回のお話をちらりと思い出していただけましたら幸いです。
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