すれ違った人たちから「最近、涙脆くなった」というフレーズが聞こえた。
時折、耳にするフレーズである。
他にも「年齢と共に涙腺が緩んできて」といった表現が使われることもあるけれど、医療従事者である知人の話によると、涙腺というものは弱くなったり脆くなったり、緩んだり緩まなかったりといったことが起きる場所ではないのだとか。
考えられる理由はいくつかあるらしいのだけれど、そのひとつには脳の衰えが挙げられるという。
感情が揺さぶられるようなことがあったときなどには、脳から「涙を出すように」又は「涙を出さないように」といった指令が出るのだけれど、このコントロール機能が低下し、「最近、涙脆くなった」という状況になるそうだ。
キッパリと「あぁ、あれは衰え」と言い切られると複雑な思いも薄っすらと現れるけれど、心が柔軟な子どもと違い、様々な鎧を身に着けて過ごしてきた大人は、この鎧を脱ぐことが難しいことがある。
涙を流すことで解放されるストレスや扱い切れていない思い、体内に留めて置く必要がない不要な諸々をスッキリさせることが出来るのなら、衰えと言う名の状況も心強い味方ではないか、と思う。
そう言えば、私には「涙」と聞くと思い出すエピソードがある。
そのエピソードとは、友人が眼科を訪れたときの話である。
眼科医に目頭辺りが切れているような穴が開いているような気がすると相談すると、丁寧な診察のあと「異常なし」との答えが返ってきたという。
しかし、納得できなかった友人が再度、自分が感じている症状を説明すると、眼科医から鏡が手渡されて「どこ?どれ?」と尋ねられ、「ここです、これです。ここに穴が……。」と答えると、眼科医から、落ち着いたトーンの声で「そこはね、みんな穴が開いているんだよ」と返されたのだそう。
大半の方はご存知だと思うのだけれど、目頭側の瞼の内側には小さな穴が開いている。
この穴は涙点(るいてん)と呼ばれる穴で左右にあり、鼻腔まで繋がっている。
簡単に言えば、涙の排水溝のようなものである。
目薬を点した時に鼻の奥がツーンとしたり、喉の辺りで苦味を感じることがあるのは、この涙点(るいてん)から入った目薬が鼻腔へ、喉へと流れたことによる違和感によるものだ。
友人はその時まで、目頭側の瞼の内側に小さな穴が開いていることに気付くタイミングがなかったといい、自分の身に何か妙な異変が起きていると思い、眼科医に相談したというのだ。
瞼の内側を凝視するような目のトラブル知らずで過ごしてきたからなのだろうけれど、この出来事を聞いた私は思わず「今頃!?」と大笑いである。
眼科医はというと、私の反応とは異なり、笑うことなく涙点(るいてん)について丁寧に説明してくれたという。
しかし、目に穴が開いていると真剣に訴える患者と、患者の目を覗き込んで涙点(るいてん)以外の穴を真剣に探す眼科医の姿を想像すると、私は今でもニヤニヤとしてしまうのだ。
それからしばらくして、この笑い話を知人に話したところ、知人もこの涙点(るいてん)の存在を知らぬまま生きてきていたことが判明した。
目のトラブルに見舞われることも、眼科にお世話になる機会もないまま過ごすと、涙点(るいてん)の存在に気付くきっかけを得にくくなるのだろうかと思ったりもするのだけれど、
私自身のことをいくら振り返ってみても、いつ、この小さな穴の存在に気が付いたのか思いだせないままである。
涙点(るいてん)とは不思議な存在だ。
涙繋がりで、そのようなことを思った日。
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