朝起きて換気のためにリビングの窓を開け放ったら、秋の匂いが外から勢いよく流れ込んできた。
その匂いにつられて外へ出ると、肌を刺すほどではないけれど、全身の細胞がキュッと縮こまるような外気の冷たさが心地よくて、すぐに忘れてしまいそうな程ささやかだけれども、小さな幸せと感動が混ざり合ったような気分がした。
そのまま、朝陽がのぼる様子を眺めながらホットドリンクを全身に行き渡らせて、ゆっくりと目を覚ますような優雅さがあれば尚のこと良かったのだけれど、すぐに朝の支度に追われることとなった。
それでも十分に気分の良い朝で、玄関ドアを押し開けた後の一歩も普段と比べると、心なしか軽やかだったように思う。
近所にある高級食パン専門店の前には、開店前にも関わらず多くの人がずらりと並んでいた。
焼き立てパンの香りはとても魅力的だけれど、今年の酷暑の頃は、この香りとは少し距離を取りたいと感じたことが幾度かあった。
その度に、夏の売り上げに影響が出ているのではないだろうかと余計なお世話心を抱いていたのだけれど、もうその必要はなさそうだと列を横目に思いつつ、焼き立てパンの香ばしい香りのお裾分けを頂戴しながら店の前を通り過ぎた。
焼き立てパンの香りに癒されて無防備な顔で歩いていたのか、パン屋の少し先にあるタイ料理店の女性スタッフにサワディーカーと声を掛けられ、反動でサワディーカーと返してしまった。
時折、耳にする言葉ではあるけれど、使い方は合っていたのだろうかと歩きながらスマートフォンを覗き込んだ。
サワディーカー。
「こんにちは」「さようなら」「はじめまして」などに使うことができる万能用語であった。
タイ料理店で耳にする言葉ではあるけれど、これまで真剣にのぞくことなく聞き流していた言葉だった。
もちろん、声に出して発したのも、これが初めてだったのではないかと思う。
不意に訪れたサワディーカーデビューである。
それならばこの機会にと、「ありがとう」を調べてみると「コップクンカー」とのこと。
こちらもタイ料理店でよく耳にしていたけれど、ありがとうと伝えてくれていたのかと、遅れ馳せながら言葉の意味を受け取った。
言葉の最後に「カー」と付けるのは女性言葉の印で、男性の場合は「クラッ(プ)」と付け加えるのが決まりで、日本語で言うところの「です」「ます」のような意味合いもあるのだそう。
だから男性であれば、「サワディークラッ(プ)」「コップクンクラッ(プ)」となる。
私は、美味しい料理があることくらしかタイのことは知らないのだけれど、この日、私の身についたサワディーカーとコップクンカーを、タイ料理店で使ってみようと思った。
そう遠くはない未来、今よりも遥かに精度の高い翻訳機能がスマートフォンに標準搭載されるなどして、外国語を覚える必要は完全に無くなるだろうけれど、今はとりあえず自力で。
とは言っても、万能な挨拶と感謝の言葉のたった2つだけなのだけれど。
秋の匂いから始まったこの日、笑顔が素敵なタイ人女性の何気ないお声掛けのおかげで、また少し私の世界が広がったように思う。
ものごとは自分が思っているような形でやってくるとは限らないけれど、新しい世界の扉はすぐ傍に。
今日も今日を楽しんでまいりましょ☆彡
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