オーガニック食材を扱っているお店を見つけ、足を踏み入れた。
初めて通る場所ではなかったのだけれど、以前、この場所に何があったのか思い出せぬまま店内を見回った。
私には、何から何までオーガニックで統一するというようなストイックさは無いけれど、自分にとって本当に必要なものだけを選び取る過程の中には、楽しさだけでなく、良いも悪くも含めた様々な驚きがあるものだから、つい、覘いてしまう場所のひとつだ。
以前であれば、オーガニック食材や食品を探すだけでも一苦労という印象があったけれど、最近は種類が豊富な上に、身近な場所でそれらを手に入れることができるようになったように思う。
これは、健康志向が世の中に定着したからだとも言えるけれど、私は密かに、人の体が不要な添加物に飽きはじめつつあるのではないだろうかと思っていたりもする。
ここ数年でアウトドアを趣味にする人も増えているときく。
大勢でわいわいキャンプを楽しむ以外にも、ソロキャン(ソロキャンプ、おひとり様キャンプ)も静かに熱く、書店内を見回るだけでも、この手のハウツー本を多数見かけるようになった。
過ごし方や楽しみ方は十人十色だけれど、その背景には人工物に囲まれて過ごし続けることに無意識に違和感を覚え、自然と共に過ごす時間に心地よさを感じるようになっているようにも見える。
とは言え、人工物に囲まれる便利な生活を完全に手放すことは容易ではなく、双方のいいとこ取りをしている方が大半といったところではだろうか。
私の身近にも、都会暮らしと長年積み重ねてきたキャリアを潔く手放し、自然が豊かな場所で、新しい仕事と共に新生活を始めた友人がいる。
どこでも楽しく過ごしていけるタイプの友人ということもあり、慣れないが故の大変さも楽しんでしまうのだろうと大きな心配はせず、便りを待つことした。
新生活から3か月ほど経った頃だっただろうか。
送られてきた写真の中の友人は、憑き物が落ちたような顔をしていた。
「憑き物が落ちたような顔」という表現は、これまでにも使う機会があったけれど、このような時に使うべき言葉だと感じるほどの晴れやかな表情をした知人を見て、人は自然のそばに身を置くと、こんなにもイキイキとするものなのかと驚かされた写真だった。
そのようなことを考えながら、排気ガスが混じったような、薄っすらとグレーがかった青空を眺めながら帰宅したものだから、この日は体が喜ぶことをしたくなり、お野菜たっぷりの和食メニューを普段よりも数割増し丁寧に作ることにした。
そして、気分だけは大自然の中である。
何もない状況というものは、本当は、何でもある状況なのだろうなと思った日。
画像をお借りしています:https://jp.pinterest.com/