しばらく使っていなかった画材道具を取り出そうと、滅多に開けない収納スペースを覗き込んだ。
そこで、行き場を無くした細々としたものを詰め込んでいる箱に目が留まったため、画材道具そっちのけで箱を取り出した。
中には、どこかの国で購入した小さなピンバッジや個性的な画鋲やクリップなどが入っていた。
どれも気に入って購入したものだ。
時間が経った今でも自分好みで気に入っていると感じるそれらけれど、困ったことに使いどころが全くないのである。
そろそろ手放す時が来ているのかもしれない。
そう思いながら、おもちゃ箱のようなその中を指先でかき分けていると、親指ほどの全長をしたミロのヴィーナスを模った消しゴムらしきものを見つけた。
買った記憶も、いただいた記憶もない存在を摘まみ出し、どうしてこんなものを持っているのだろうかと考えてみたけれど何も思い出せなかった。
その代わり、学生の頃にミロのヴィーナスの失われた両腕を想像して遊んだことを思い出した。
古のギリシャで制作されたと言われているこの彫刻には両腕がない。
どのような腕や手で、どのようなポージングをしていたのか謎のままである。
というのも、ミロのヴィーナスは幾つかのパーツに分けられており、ギリシャ人の農夫が2つのパーツを見つけたところから物語が始まっている。
この2つのパーツに興味をもったフランス人が、他にもパーツがないか探してくれないかと農夫に頼んで探してもらった結果、合計6つのパーツが見つかったという。
そして、このパーツを、立体パズルを組み立てるようにして組み立てたところ、あのミロのヴィーナスが現れたのだ。
時の王は、腕が欠けてしまっていることを気にして、当時の彫刻家たちに腕を再現するよう命じたようなのだけれど、しっくりとくる腕を見つけるまでには至らず、両腕はないままでも美しい、いや、寧ろ欠けているからこそ美しいといった答えに辿り着き、現在に至っているという。
ただ、無いからこそ人々は様々な想像をするもので、ミロのヴィーナスは、手にリンゴを持っていたのではないだろうかという説がある。
私たちがミロのヴィーナスと呼んでいる彫刻のモデルがヴィーナスだという確証はないのだけれど、人々は、あるギリシャ神話とこの彫刻のモデルを重ねたのだ。
あるギリシャ神話というのは、三人の女神が美しさを競い合ったという話で、その勝負の勝者となったヴィーナスは、この世で一番美しい女神へと記されたリンゴを手にしたという。
もし仮に、この神話が正しかったとしてミロのヴィーナスがリンゴを持っていたとしたら、これほど多くの人を魅了しただろうか。
全て分かっていないからこそ想像を掻き立てられ、想像する楽しみにも繋がるわけで……。
私の勝手な思いだけれども、時の王が両腕は欠けたままで良いと判断したのは正解だったように思う。
ちなみに、ミロのヴィーナスはフランスのルーブル美術館に保管されているのだけれど、過去にたった一度だけルーブルを離れたことがあるという。
その貴重な一度が日本だということもあり、私の中では親近感を抱かずにはいられない彫刻のひとつとなっている。
ミロのヴィーナスを目にする機会がありました折には、失われた腕のポージングを想像して遊んでみてはいかがでしょうか。
画像をお借りしています:https://jp.pinterest.com/