PCのモニター画面に視線を向けたまま、電子印鑑をカチリと押した。
気付けば電子印鑑を使用するようになって随分と年月が経つのだけれど、未だに電子印鑑一辺倒ではなく、手彫り印鑑の出番があることに少しだけ安堵のような気持ちを覚えた。
いつだったか、こちらでも触れたことがあるのだけれど、私が長年愛用している印鑑を手彫りして下さった職人さんが当時言っていたのである。
「印鑑も印鑑屋もそのうち無くなるんだろうけどね、それまではこうしてね」と、印鑑を彫る仕草をしながら。
長年携わってきたモノゴトが、そう遠くはない未来に無くなると思いながら携わり続ける感覚とは、どのようなものだろうかと、あの時の私の胸中には、言葉にできないような複雑な思いが渦巻いたように思う。
だからだろう、あの日のやり取りは、私の頭の片隅に残っている。
先日、在宅勤務やテレワークが進められている今、電子印鑑サービスの利用が急増しているとうニュースを目にする機会があった。
公的文書や契約書といった本当に大切な書類に対しては、これまで通り実印と呼ばれるものを押印して公的な効力を持たせなくてはいけないけれど、書類の内容や役割によっては、電子印鑑も併用していこうという世の中の流れがあるのだろう。
電子印鑑とは、認印を押したときの陰影をクリックひとつでパソコン上の文書にポンッと押印できるものである。
ただ、押印するだけでは文書を簡単に偽造することができてしまうため、文書内容を勝手に書き換えられない機能や、書き換えることはできるけれど、その全ての作業履歴が文書内に記録される機能などが加えられている。
もちろん、これだけでは不完全で実印のような公的効力も無いけれど、使用可能なシチュエーションを限定すれば、想像するよりは安心、安全に使用することができるように思う。
一方では、公的な文書に使用することができる電子署名というものがある。
私はこちらも使用しているのだけれど、こちらは、国が定めた機関に予め署名を登録して公的効力を持たせたものである。
公的手続きなどを自宅に居ながらにして出来てしまう点は非常に便利なのだけれど、印鑑や署名の電子版とアナログ版の双方を使用してみて感じることは、どちらも一長一短であるということである。
どのようなシステムにも完璧なものなどなく、それを出来るだけ完璧な状態に保つために尽力してくださっている「人」がいるように思うし、大なり小なり、使いながらより安全なものに調整していく必要がある。
電子印鑑や電子署名もそのような位置づけのものであるように思う。
随分とペーパーレス化が進んだけれど、印鑑という存在そのものが消えることはなく、電子印鑑というものを登場させて使っている様子を眺めながら、新しいことを少しずつ取り入れて古きものと融合させながら変化させるやり方は日本人らしいと思ってしまう。
この「少しずつ」というところが、物事によっては良し悪しが出るところでもあるのだけれど、印鑑に関して言うならば、どの世代の人に対しても優しい気遣いのようにも見える。
いつかは、電子印鑑も公的な文書に使えるようになるのだろうけれど、今は便利も不便も経験できることを、時にボヤいたりもしながら楽しめればと思った日。
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