幸せのレシピ集

cawaiiとみんなでつくる幸せのレシピ集。皆様の毎日に幸せや歓びや感動が溢れますように。

お天気を道標に進める秋冬支度。

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ダイニングテーブルにPCと相棒である道具の諸々を豪快に広げ、作業を始めた。

時がどれくらい経ったのか見当すらつかなかったけれど、空腹感から、ふっと集中力が切れたところで顔を上げて窓の外へ視線を向けた。

清しい秋晴れのその日、空は優しいブルーに白っぽいグレーを混ぜたような色をしていた。

人間には真似できないような色の配合が施された、ニュアンスカラーの空だ。

そこにスーッと一本、右から左に白い雲の線が伸びていく。

飛行機雲だ。

しばらくの間、ブレることなく真直ぐ伸びていく線を眺めていると、今度は左から右に2本の線がスーッと伸びていくではないか。

あと2本、線をひけば五線譜だと思ったら何だか妙な期待を抱いてしまい、作業の手を止めたまま空を眺めていたのだけれど、ものごとは、そう都合よくは運ばない。

だから面白くて、想像して楽しんだり、希望を抱くことができるのだけれど、「惜しかったな!五線譜。」そのようなことを思いながら、次第に空に溶けて消えていく飛行機雲を見届けた。

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この時季は、晴れ間が続いたかと思えば雨が降るといった具合に、お天気が目まぐるしく変わる。

晴れの日と一口に言っても、その時々で空には様々な表情があり、「男心と秋の空」、「女心と秋の空」とはよく言ったものだと改めて思うのもこの時季だ。

他にも、この時季に思い出す言葉に、「一雨一度(ひとあめいちど)」というものがある。

これは、この時季の、雨が降る前の晴れの日と、雨が降った後の晴れの日を比べると、後者の方が少しではあるけれど気温が下がっている状況のことで、

このように雨と秋晴れを繰り返しながら、雨が降る度に気温を一度ずつ下げていき、秋は深まっていくという意味の言葉だ。

だから、秋ではないような強い陽射しが降り注ぐ日があったとしても、雨が降る度に少しずつ、身の回りや気持ちを秋から冬へとシフトさせていくと、体調を大きく崩すことなく、季節の変化に体を馴染ませることができるとも言われている。

本来、私たちの体が気温の変化に馴染むまでに要する時間は、約3、4日ほどなのだとか。

近年は、気温がひと晩で大きく変動することも珍しくなく、健康な人でも体調管理が難しいというから、雨が降る度に衣服による温度調節を意識したり、湯船の設定温度を夏仕様から秋冬仕様に上げてみたり、体を温める食事を意識してみるのも、この時季を楽しむコツのひとつであるように思う。

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「一雨一度(ひとあめいちど)」。

雨が降ったら、またひとつ秋冬支度を進めるサインです。

日常で多く見聞きする言葉ではありませんけれど、先人たちの知恵と風情が融合した、いい言葉だと思うのですが、いかがでしょうか。

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春菊片手に思い出す、得体の知れない存在と化してしまった自分。

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昼下がりの日差しをリビングの陽だまりで浴びながら、年末へ向けてのカウントダウンのシュミレーションを脳内で始めてみたのだけれど、場所が悪かったのか、私の意識はすぐに陽だまりの何とも言えぬ心地良さに絡めとられてしまった。

そして、手にしていた手帳を放り投げて、その場に寝転がり、あちらへゴロゴロこちらへゴロゴロを繰り返す。

しばらくの間、飽きもせずにそうしていたのだけれど、その時間が幸せ過ぎてどっぷりと浸りきってしまいそうな自分を奮い立たせて、キッチンに立った。

キッチンのワークトップにお行儀よく並んでいるのは、多めに買い込んだ春菊である。

春菊は一年を通して気軽に買うことができる野菜だけれど、10月から春先辺りまでが旬。

特に、旬に入ったばかりのこの時季のものは、葉が柔らかく香りも十分で夏のそれと比べると美味しさが数割ほど増すよう思う。

お鍋が骨身に染み入る時季ということもあり、お鍋の食材として手に取る方も多いけれど、私はどちらかと言えば生食が好みで、サラダ用にも購入する。

アクが強い印象を抱かれがちな野菜だけれど、想像するほどアクやエグミはなく、香りが苦手でなければサラダにするのもおすすめである。

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ワタクシ、海外暮らしの中で鉢植えの春菊を見つけて興奮し、購入したことがある。

ヨーロッパではハーブのように食すのかと一人勝手に思い込んだのだけれど、鉢植えされた春菊の多くは鑑賞用で、春菊を食用として口にするのはアジア地域だけだということを、そのとき初めて知ることに。

食事会の席だったのだけれど、子どもの頃から春菊を食材として親しんできた私は、英国人たちの目の前で悪びれる様子もなく、「お花もきれいだけれど、お花に栄養を取られてしまう前に葉っぱを食べると美味しいよ」と笑顔で言い、葉を毟り取って口に運んだのだ。

当然、彼らはフリーズである。

フリーズの原因が、自分が得体の知れない存在として映っていたからだと理解できたときの凹みっぷりと言ったらなかった。

しかし日本食ブームの波に乗ってということだろう。

春菊の食用としての知名度も少しずつではあるものの上がっていると聞く。

この春菊事件は私にとって、自分の常識ほど慎重に、そう感じた出来事でもある。

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春菊の栄養素と言えば、緑黄色野菜よりも豊富に含まれているβカロテンを筆頭に、ビタミンやミネラル、食物繊維までとサプリメント級で、免疫力アップにもってこいです。

更に、あの個性的な香りには胃腸の働きを促す成分が含まれていると聞くため、これからの季節には心強いレスキューベジタブルではないかと思います。

お嫌いでなければ、今回のお話の何かしらをチラリと思い出していただきつつ、召し上がってみてはいかがでしょうか。

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内臓をあるべき位置にキープできていますか?

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ご無沙汰している鍼灸医がいるサロンの前を通った。

以前の場所から移転する予定があるとは聞いていたのだけれど、とても見つけやすい場所に移転しており、青信号を待つ間、道路を挟んで向かいに建っているビルを見上げながら、ここだったのかと思った。

以前のサロンは、隠れ家の雰囲気が漂う路地裏に在って、あれはあれで楽しかったけれど、今度のサロンはまた異なる雰囲気で、お邪魔させていただく日を待ち遠しく思った。

この鍼灸医が施術前に行うボディチェックのひとつに、『お臍(ヘソ)の位置のチェック』というものがあった。

お臍の位置を確認し、そこを起点にしてボディーラインを見ることで内臓、特に腸の様子を確認するのである。

女性は下腹部にお肉が付きやすく、下腹部がなかなか痩せないと言う方が多い。

更には、「ぽっこりお腹」と呼ばれる状態を改善させたくて、その手の漢方薬やサプリメントを口にする方もいらっしゃる。

もちろん、本当に内臓脂肪が原因となっている「ぽっこりお腹」であれば、その手のものによって欲しい効果を得られるのだろうけれど、自分のお腹は「ぽっこりお腹」だという誤った認識で漢方薬やサプリメントを口にしている方の場合は、なかなか効果が出ないのだそう。

ぽっこりお腹にも種類があるのだけれど、その中のひとつには、お腹まわりの筋肉が低下して内臓(特に腸)をしっかりと定位置で支えることができずに本来の位置から下がっており、

これを外側から見ると、お腹周りにお肉がついてぽっこり出ているように見えるというケースがあるという。

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この状態をチェックする簡単な方法がいくつかあるのだけれど、そのひとつは、お臍(ヘソ)の位置を確認し、お腹が一番出っ張っている部分がお臍(ヘソ)の上部か下部かというチェック方法なのである。

このチェックで、お腹が一番出っ張っている部分がお臍(ヘソ)の下部ならば、内臓が下がっている疑いが高いそうだ。

もうひとつは、上半身と下半身の境にある「寛骨(かんこつ)」と呼ばれる左右対称の骨の、どの辺りにお臍(ヘソ)があるかを見る方法だ。

寛骨(かんこつ)という耳慣れないこの骨は、腸骨と仙骨、恥骨の3つで構成されていて、全体を見るとハート形のような、蝶の羽のような形を骨である。

 

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お臍(ヘソ)が、この寛骨の内側、骨盤の内側と言った方が場所を掴みやすいだろうか。このに位置しているようであれば、内臓が下がっている疑いが高いというものだ。

どうしても太っている、痩せているといった見た目に意識を引っ張られてしまうけれど、内臓が本来の位置から下がっていると、

血の巡りが悪くなったり、食べたものの消化されるまでに時間がかかり内臓が疲れてしまったり、便通が思うようにいかなかたり……、様々な症状のきっかけになってしまうのだ。

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例えば、内臓が下がっていることが原因で起きている消化不良感や便秘があったとして、これを改善させるために胃腸薬や便秘薬を服用したとしましょうか。

原因が取り除かれていないので、胃腸薬や便秘薬の服用は減らせないように思うのです。

そうすると、今度は体内に摂り込んだ薬品を必要な場所へ届けて、それ以外は体内で処理をして排出する必要が出てくるので、内臓は通常業務にこの仕事が加わることになります。

時々のことであれば、体への負担もそれほどではないのでしょうけれど、終わりがないとなれば……後はご想像の通りかと。

内臓をあるべき位置にキープできれば、美容も健康も丸ごと手にできるので、動機は人それぞれ、美容からのアプローチでも健康面からのアプローチでも何でも良いと思うのです。

今回のセルフチェックを時々行って、内臓をあるべき位置にキープすることを意識してみるというのは、いかがでしょう。

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その手段は、軽いストレッチのようなものから本格的なものまで多種多様とのこと。

そこで私が鍼灸医に出したオーダーは、簡単に覚えられて、体を解しながら気軽にできるもので、続けられそうなもの、できればウエストのクビレケアも同時にできるものをという、とても欲張りなもの。

そこで教えていただいたものは、

【1】まずは両足を肩幅に開いて30秒ほど腰を回して、手っ取り早く腰周りをほぐすこと。時間や回数を意識せずに、腰を、動かせるギリギリのラインに沿わせて円を描くようなイメージでしっかり回します。代謝が良い方は15秒ほどでじんわり腰周りが温かくなってくるかと。

【2】次は、仰向けに寝て両手を左右に広げて、上半身が動いたりブレたりしないように、背中と手を使って固定します。そして両膝同士をくっつけた状態で立てて、そのままの状態で腰から下を右へ左へと倒します。この時も、時間や回数を意識せずに、丁寧に左右に倒します。つい、体の反動を使って左右に動かしたくなるのですが、脚を自分の力だけで倒すようなイメージです。思っているよりも簡単で地味な動作なのですが、腹筋と背筋がしっかりと動くので、クビレにも繋がります。

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更に余裕があるという方は、自分に合った負荷がかかるストレッチやエクササイズを加えても良いかと思います。

何かしらのきっかけやヒントにしていただけましたら幸いです。

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大地が凍り始める頃でございます。

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11月もいつの間にか半分を過ぎるようだ。

「過ぎるようだ」などと、他人ごとのような物言いをしてしまうのは、流れゆく時間に追われなくないと思う私の勝手なのだけれど、七十二候がそのように思っている私に忖度するはずもなく、暦の上では、寒さによって大地が凍り始める頃を表す「地始凍(ちはじめてこおる)」が始まった。

※七十二候の地始凍(ちはじめてこおる)は11月12日~16日頃のこと。

日中は、腕まくりをしたくなるような太陽の体温を感じる日もあるけれど、夜の冷え込みは日に日に増しており、季節が行きつ戻りつ変わっていく様を肌で感じられることを嬉しく思う。

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寒さによって大地が凍ると聞いて思い出すのは霜柱だ。

あの足を踏み入れたときのザクッザクッという音と感触は、冬のささやかな楽しみである。

本当は、小さな子どもたちを押し退けて子どもの様にザックザックとリズミカルに足踏みしてみたいのだけれど、大人の自分がそう感じられるのは、子どもの頃にその時間と経験があったからだと思い止まったことがある。

そのことに気が付いた頃から、私の、冬のささやかな楽しみは、そっと子どもたちの為に残しておくようになった。

もちろん「ちびっ子の皆、気付いて!」という声なきメッセージを胸に、である。

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しかし、アスファルト上で生活していると霜柱に遭遇する機会は皆無に近い。

だからだろうか。

七十二候の地始凍(ちはじめてこおる)が始まると、踏んで遊ぶことも、ちびっ子に譲ることも出来なくなった霜柱の感触に思いを馳せながら、最後に霜柱を踏んだのは、いや、目にしたのはいつだろうかと思うことが恒例になりつつある。

ふと思う、「霜柱」という言葉は生存していますよね?と。

もしも、「霜柱って何?」と聞き返されたなら、眩暈でふらついてしまうようなジェネレーションギャップを感じてしまうように思う。

地面が凍る不便さや、小さな氷の柱が無数に立つ神秘的な景色、神秘的なそれを豪快に破壊する楽しみは、ちょっとしたイベントだ。

アスファルトは便利だけれど、冬のささやかな楽しみを根こそぎ取り上げない程度にお願い致しますと、行き場なきお願いごとを空に投げてみた2019年の「地始凍(ちはじめてこおる)」である。

暦の上では、このような時季に入りましたので、朝晩は思う以上に冷え込みます。

夜は温かい格好でおやすみくださいませ。

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ミルククラウンができたような気がした日。 

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冷蔵庫から取り出した牛乳をボウルに注いだ。

最後の一滴がぽたっとボウルに落ちた時、ミルククラウンが見えたような気がした。

あれは小学生だっただろうか、それとも中学生だったのだろうか。

もう、記憶が遠すぎて思い出すことができないけれど、理科の実験で初めて知ったミルククラウンという存在に、強く心惹かれたことがある。

あの時の強烈な印象は今でも色褪せることは無く、ミルククラウン画像を目にしたり、それを模ったものを目にすると、頭の中でミルククラウンという言葉がループする。

ミルククラウンとは、器やグラスに入った牛乳の中に一滴の牛乳を落とすと、きれいな王冠ができる現象のことだ。

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牛乳以外の液体でミルククラウンを作ることもできるけれど、牛乳によく見られる現象ということで、牛乳でできた王冠、ミルククラウンと呼ばれている。

しかし、このミルククラウン現象は、器の中の液体に落とす雫の質や量、落ちるスピードや落とす高さ、その他様々な条件が揃ったときにのみ現れるため、簡単に作ることはできないのだ。

当時私が行った理科の実験では、牛乳以外の液体も使ったけれど、水のようにサラサラとした液体よりは、牛乳やジュースなどの粘着力があるものの方が作りやすかったように思う。

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どうして、このようなことを覚えているのか。

それは多分、私が水を使ってミルククラウン作りにトライする班の一員で、周りの「できた!」という声を羨ましく感じたからだろうと思う。

おかげで、ミルククラウンがどのようなもので、どのようにしてできるのかという部分は、私の中にこうして残っているのだけれど、

できた経験は、できた経験という部分が色濃く残り、できなかった経験はその全てが記憶に刻まれるのかと、年月が経過した今、感じ直してみたりしている。

あとは、そのミルククラウンの姿を収めるために使った、先生の宝物だという高性能のビデオカメラだ。

それを子どもたちで使い回していたのだけれど、何度も繰り返す先生の「絶対に壊すなよ、大事に扱えよ」の言葉を思い出したりもして、あの時には気が付かなかった愛情に今頃感謝したり。

偶然にも調理中にできたような気がしたミルククラウンをきっかけに、この日の夜は、記憶の引き出しのあちらこちらを開けながらミルククラウンの画像を眺めた。

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今では緻密な計算の上、簡単に作ることができるのかもしれないミルククラウンだけれども、

雨の日やキッチン、飲み物に注いだミルクやガムシロップが飛び跳ねたとき、川に石を投げ入れた瞬間など、もしかしたら、身近な場所で目にしているのかもしれません。

クラウンモチーフのものを目にした際には、これはクラウン?それともミルククラウン?という具合にミルククラウンのことをチラリと思い出していただけましたら幸いです。

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カラダを効率的に温めるカイロの貼り処。|ちょっぴりマニアック編

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帰宅途中にドラッグストアーに立ち寄ると、女性が箱入りカイロを買い物かごに入れていた。

珍しい光景ではないのだけれど、その動作を3、4回繰り返したものだから、つい、友人のことを思い出した。

私の身近にも、カイロを欠かすことができない友人がおり、彼女はこの時季、カイロを箱買いすると言っていた。

その箱の数を聞いた私が春先まで持ちそうだと口にすると、1か月分だと真顔で返され面食らったことがある。

冷えは様々な不調を招くきっかけになることが多い為、冷やさないようにカイロなども使ってケアすることは体のために良いことだと言われている。

もちろん理想は、体の内側からと外側からと温めるケアを行う中で、体が、ある程度の熱を自分で作り出すことができて、その熱をキープできるようになることなのだけれど、大人は気遣わなくてはいけないことが増える傾向にあり、少々大変でもある。

だから、お助けアイテムのカイロにも頼りつつ、秋冬の冷えとも上手にお付き合いしている方も多いかと。

このカイロも、適当に貼れば良い、ポケットに入れておけば良いというわけではなく、より効率的に温めることができる貼り処というものある。

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今回は、本格的に冷えてくる前に、そのようなお話を少し、と思っております。

ご興味ありましたら、温かいお飲み物で体の芯から温まりつつ、お付き合いくださいませ。

体を効率よく温められる場所のお話は、ツボのお話も交えながら時々触れているのですが、今回は、これまでとは異なる場所なのですが、私が特に寒い日に頼りにしている場所をシェアさせていただきます。

まずは、両足のアキレス腱です。

このときにくるぶし辺りもカイロで覆うようにして貼り、血の巡りが良くなるようにサポートします。

もちろん、素肌にカイロを貼るのはダメで靴下の上から貼ります。

他の場所に貼っていたカイロを眠る直前まで、くるぶし辺りからアキレス腱を覆うように貼って使い切り、体を芯から温めておくと深い眠りにつくことができたりもします。

心臓から離れている体の末端付近は冷えやすく、血の巡りも滞りやすいので、ここを温めるだけでも、体温をキープしやすくなります。

そして、アキレス腱が硬くなると、簡単には元に戻らず、知らぬ間にギックリ腰になりやすい体になってしまうこともあるといいます。

アキレス腱周りは、様々な視点でのケアができる場所でもありますので、温めてみてはいかがでしょうか。

そしてもうひとつ。

右の脇腹辺りには肝臓があるのですが、これからの季節は肝臓に負担をかけてしまう方も多いのではないでしょうか。

ここにカイロを貼って肝臓を温めますと、体内に摂り込んだ不要なものを処理する機能が、しっかりと働くのだとか。

老廃物などの不要なものを体内に溜め込みたくない方は、右の脇腹辺りを温めて、寒さで肝臓機能がペースダウンしないよう肝臓をサポートしてみはいかがでしょう。

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これらは、私の足首や肝臓が冷え冷えになっていたときに、お世話になっている経絡アロマセラピストの方から自宅でできるケアとして教えていただいたものです。

秋冬のアウトドアやお出かけで足元の冷えが気になるときには足首にカイロを仕込んだり、

いつもカイロを貼っている場所があるけれど、完全には体が温まらないというときや、足の冷えや肝臓への負担が気になっているときなどは、

いつもの場所にプラスしたり、アプローチを変えるなどして、体が喜ぶ位置を探してみてくださいませ。

今年の秋冬も、心身ともにぽっかぽかで楽しみましょうね。

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ボーロを押し込む小さな手。

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母親に抱っこされた赤ちゃんが、母親の肩に片手をつくような態勢で、後ろを歩いている私の方をじっと見ていた。

あまりにも真顔で視線を向けるものだから、ニッコリと笑ってみたのだけれど、心ここに在らずのように見えた。

すると一旦、母親の胸の方へと下がって行き、また直ぐに、ひょいっと顔を出した。

もちろん、片手は上手に母親の肩の上である。

そして、空いているもう片方の手には何やら、たまごボーロよりも大きく見えるボーロのようなものを握っており、それを私に見せつけるかのように手首を左右に揺らして見せた。

今度は笑顔である。

微笑ましく見ていると、大きな口を開けてそれを口の中へと入れようとするのだけれど、多分、自分の口の位置がつかめていないのだろう。

口から少し離れた位置にボーロのようなそれをグイグイと押し当てては、「何か違う……何で?」という困った表情でこちらを見るのである。

そして、その表情は、食べたいのに食べられない苛立ちと食べられるはずなのに食べられない謎の狭間を行ったり来たりした末に涙目に。

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本人は至極一生懸命だ。

もしかしたらその一部始終を見ている私に、「何とかして!」というSOSを出していたのかもしれないのだけれど、私にとってその光景は、心の揺れ動きも含めてあまりにも可愛くて、つい見入ってしまっていた。

私たちは自分の口の位置を確認しなくても、飲み物を口に運ぶことができるし、食べることができるけれど、それだって初めは手探りなのである。

私たちが時々やってしまう、グラスにさしているストローが口元から逃げてしまって口元が変なことになって、恥ずかしい思いをするアレ。

赤ちゃんの気持ちは、アレに近かったのだろうか。

いや、やはり純粋に、苛立ちと謎なのだろうと、違う道へと進んで行った親子の後ろ姿を見て思った。

今更ながら、自分にもそのような頃があったのだろうことを想像すると、人ってすごい!と思ってしまった。

もう会うことはないであろう赤ちゃんだったけれど、何とも貴重な一瞬を共有させてもらった気分がした。

そうそう、赤ちゃんのボーロだけれど、赤ちゃんが泣きだす前に母親が後ろ向きの我が子の様子に気が付き、母の手によってボーロの様なものは無事に、赤ちゃんの口の中へと入っていったことを書き添えて、本日はこの辺でお開きに。

先のことが気になることもありますが、大人の私たちも、まずは目の前のことから一つずつまいりましょうか。

本日も良き日となりますように☆彡

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雨と、お酒のカラクリ。

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駅近くのビルに入っているとある飲食店。

通された席は、外の景色を見下ろすことが出来る場所だった。

少しずつ日が落ちていく景色を淋しい景色だと感じる人もいるけれど、私は何だか、とてもほっとする。

現実は、夕飯を食べてからもうひと頑張りということもあるし、思うようにいかなかったと感じる日もあるので、その日の自分がやるべきことをやり切ったか否かは、とりあえず横に置いておくのだけれど、それでも今日も無事に過ごせたではないかと思える、あの感覚が好きなのだろうと思う。

いつだったか知人が言っていた。

湯船の中で、見たことすらない、あるかどうかも分からない宇宙の端っこを想像し、そこから自分を眺めるシチュエーションを想像するのだと。

そうすると、自分に課した壮大するミッションがそうさせるのか、正解が分からないからそうなるのか、頭の中でモヤモヤしているその日の小さな諸々も宇宙の端っこもどうでもよくなって、

全身の力がするすると抜け、ただただ「湯船に浸かって気持ちがいい」という感覚に集中できるそうだ。

リラックスする方法は人それぞれだけれども、それくらい視野や視点を広げたり引いてみたりすると、確かに入り過ぎている力を抜くことができるように思う。

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そんな、いつぞやかの会話を思い出しながら、雨が落ちてくる空から地上へと視線を向けると、地上は駅へ向かう人が差す傘で埋め尽くされていた。

以前触れたことがあるアンブレラスカイではなく、アンブレラグラウンドと言ったところだろうか。

傘の色がシックなものばかりでカラフルなアンブレラグラウンドではなかったけれど、ちょっとした非日常の景色に、少しだけ身を乗り出すようにして窓の外を見た。

店内は週末の休みを控えている方が多かったのか、次第に賑やかさが増していった。

そう言えば、雨が降っている日の夜の街は、お酒で気分が高揚している人が多いように感じることがあるのだけれど、これは雨の日の気圧が人をお酒に酔わせているという。

カラクリは、飛行機に乗った際にお酒を飲むと、気圧の変化によってアルコールの吸収が高まり酔いやすいと言われているけれど、あの状態が地上でも起こっているのだとか。

そのことを知ってからは、雨の日のお酒席に居合わせると、つい人間ウォッチングをしてしまうのは、ここだけの話である。

お酒を召し上がる方は、雨の日は気持ち控えめに。

召し上がらない方は、雨の日と晴れの日の違いを人間ウォッチングしてみてはいかがでしょう。

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青空マーケットとエトセトラ。

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青空マーケットが開かれていたその日、楽し気な雰囲気に吸い込まれるようにして中をのぞいた。

あまりにも大勢の人で賑わっていたため、それほどまでに人気あるイベントなのだろうかと思いかけて、その日が連休の中日だということに気が付いた。

イベント会場そばにある猫カフェの窓辺には、可愛い猫たちがズラリと並んでおり会場を見下ろしていた。

きっと、普段とは異なる風景に何事だろうかと各々、監視の目を光らせているのだろう。

私はその会場を縦断しながら目的地へ向かっていたのだけれど、途中、「形は悪いけれど美味しいですよ」という呼び声と共にスーパーでは目にする機会がないような、個性的な形に仕上がった野菜を頭上で振る店主や、

素材が持っている個性を活かしたイスを集めたお店、「鑑定書は付かないけれど、天然のサファイアアクセサリーです」という看板などが目に留まった。

美しく整えられたものには、そうされたものが持つ美しさや良さがあるけれど、こういった素材そのものを最大限に活かしたものには、そのままの状態が持つ美しさや良さがある。

青空マーケットは、後者と出会う確率がグンと上がる魅力的な場所である。

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いつだっただろうか。

法要の席で耳にした、曲がった木は曲がったまま使い、真直ぐ伸びている木は真直ぐのまま使うのが良いという話を思い出した。

それぞれの木が持っている本来の個性を大切にして活かすと、真直ぐに伸びている木も曲がった木も、そのままで美しいという話で、木に限らず、物も素材も人も、この世にある全てのものに言えるとのこと。

上手いこと言うなと思いながら聴いた話である。

やはり、極端に偏りすぎてしまうと、自分で自分の首をじわじわと絞めるかのように、身動きがとれなくなり、苦しくなってしまうのだろう。

どのような時にも気持ちをフラットに。

そして、必要に応じてどちらにも対応できる、しなやかさを。

そう思う。

鑑定書が付く、付かないに関わらず、サファイアという名の深い蒼色をした石が好きな私は、ちょっとだけサファイアアクセサリーのお店をのぞいた。

人よりも長い年月を生きてきたサファイアは、身に着けている傷までもが愛おしい。

「傷」をネガティブなものにしてしまったのは誰だろう。

いいじゃないか、傷くらいあっても。

サファイアを思っての気持ちなのか、自分自身を励ますための気持ちだったのか分からないけれど、そのようなことを思った青空マーケットでのひとこまである。

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あのカエルマークって何ぞや!?|レインフォレスト・アライアンスのお話。

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やっと、いつまでもベッドの中の温もりに包み込まれていたい、そう思う季節になった。

眠い目を擦りながら、いや、私の場合は目を閉じたままなのだけれど、ちょっとした自分との闘いに勝ってベッドから抜け出すと、全身の毛穴が「さっむーい」と言って口をキュッと閉じるような、あの感覚が好きだ。

随分と前からスタインバイさせていた、ふわふわの冬もののガウンも、ようやく出番である。

先日も、それを纏って朝の日課、レモン白湯を飲んでいたのだけれど、すぐに体が温まり脱ぐ羽目に。

そんな体温からも、確かに秋だ、冬ではなく。と感じた朝である。

そうして始まったこの日の夕方、幾つか片付け忘れていた案件があったことを思い出して外出した。

全てのミッションを終えると気持ちが緩んだのか、一段とひんやりとしている空気に気が付き、今年も四季があることにホッとしたりしながら某ショップに足を踏み入れた。

何か目新しい調味料はないか見回っていると、幾度か同じロゴがプリントされている商品があった。

食品メーカーのロゴだろうかと幾つかの食品を手に取ってみたけれど、そうではないようで、このロゴは何ぞや?といつもの「?」が脳内に浮かび上がった。

そのマークは、グリーン一色で太陽か向日葵なのか、そのような枠の中にカエルの姿があった。

そして、そのカエルを囲むようにして、レインフォレスト・アライアンス(RAINFOREST ALLIANCE)という文字が印字してあった。

百聞は一見に如かず、このようなロゴである。

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以前、『茹で上がってしまわぬように過ごしたい。』というタイトルのもと、

私たちが身を置いている社会環境や自然環境に、じわりじわりと忍び寄る環境破壊によるダメージや、社会そのもののシステムや、人や企業の在り方、その他諸々に対する在り方をカエルの性質と重ね合わせて考えさせる例え話があり、教訓として「茹でカエルの法則」といった言葉があるという話題に触れたことがある。

地球の至る所に生息しているカエルは、環境条件を教えてくれる生き物だ。

この緑色のカエルを使ったレインフォレスト・アライアンスと呼ばれるロゴは、農業、林業、観光業の事業者が監査を受けて、

環境や社会、経済面を健やかな状態で維持していくことができる基準に沿っていると認められたことを意味しており、世界中の至る場所で目にすることができるという。

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しかし私は、これまでも目にしてはいたのだろうけれど、意識したのは今回が初めてだったのだ。

私の正直な気持ちを言えば、このロゴマーク自体が、目の前の商品を購入するか否かの決断基準として、最優先事項になることはないように思う。

だけれども、自分が興味を持って購入した商品にこのマークがついていたのなら、

美味しく楽しくいただきながら、それが人や動植物、環境など、目には見えないけれど繋がっている誰かのため、何かのためになるということである。

それに、きれいごとや無理、義理などから生まれたハッピーの輪ではなく、それぞれが自分の暮らしを楽しんだり、大切にする中で広がるハッピーの輪は、簡単に無くなったり消えたりしないものなのではないのだろうか。

そのようなことを思いながら、この日、素敵なパッケージに包まれた美味しそうなチョコレートを持ち帰った。

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「お得感」という表現が適していないことは重々承知しているけれど、美味しい食品を買って食べただけなのに、何かの為や誰かの為になっているなんて、お得で素敵ではないかと思う。

それに、単純だけれども、来年も5年後も日本の四季を感じたいではないか。

だから、自分にできることを、できるときに、楽しみながら出来る分だけ、と思う。

お店などで、この緑色をしたカエルのロゴを目にした際には、ロゴの意味や、どうしてカエルがロゴに選ばれているのかなど、何かしらをちらりと思い出していただけましたら幸いです。

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