幸せのレシピ集

cawaiiとみんなでつくる幸せのレシピ集。皆様の毎日に幸せや歓びや感動が溢れますように。

いつの日か、サボテン果実のお味見を。

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梅雨が明けたような気がした途端に、夏の本気を見せつけらる日々だ。

なかなか明けない梅雨にヤキモキしつつも、今年は暑さ控えめの夏になるかもしれないと、私は密かに期待していたのだけれど、やはり今年も、このような状況下でも、自然は帳尻を合わせてくるのである。

その日すれ違ったのは、汗だくになりながら駆けて行ったマスク姿のちびっ子たち。

暑さに萎れかけそうになっている私とは異なり、彼らの全身からは「楽しい」という空気が溢れ出ており、微笑ましく思った。

鞄の中に忍ばせているハンディーファンを取り出すか否か葛藤していると、立派なサボテンが目に留まった。

カウボーイが出てくる映画に登場しそうな、団扇状の塊がいくつもくっついたサボテンだ。

私の背丈ほどありそうなそれが、家の前に3鉢並べられていたんどあけれど、水やりの後なのかサボテンに付いた水滴に日差しが反射して輝いて見えた。

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サボテンは、日本でも食材として扱われているけれど、イタリアにはウチワサボテンのジャムやシロップ、果実などでも有名なマルタ島という島がある。

聞いたことがあるという方も多いかと思うのだけれど、青の洞窟でもお馴染みのマルタ島だ。

私はマルタ島のお土産でサボテンジャムをいただいたことがあるのだけれど、日本のサボテンの味とは異なる、優しい甘さをしたジャムだったと記憶している。

知人の一押しはフレッシュなサボテンの果実で、是非これを、現地で食べてみて欲しいと言われていたけれど、食べる機会がないまま今に至っていることに気が付いた。

サボテンの果実を割ると、果肉の中には黒くて硬い種が散らばっているのだけれど、種が散らばった状態のまま果肉を味わい、種は飲み込んでしまうのが現地流の食べ方なのだとか。

そう聞いたときには、少々面倒な食べ物だと感じたけれど、日本にもドラゴンフルーツのように種ごと食べるフルーツもあるのだから、あのような感覚で食べる果実なのかもしれないと想像している。

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食べられるとは言え、流石に栄養価は高くはないだろうと思い調べてみると、サボテンの果実は脂肪を吸着して体の外へ排出したり、ビタミンやミネラルが含まれていたりと、体内環境を健やかに整える栄養が含まれていることが分かった。

しかも、ウチワサボテンの果実には水分が豊富に含まれているといい、今のような暑い時期や干ばつの時などの水分補給を手助けしてくれるレスキューフルーツとして、人だけでなく自然界に棲む様々な生き物にとっても馴染みが深い大切な果実のようだ。

そのようなことを思い出したり、知ってからは、ウチワサボテンを目にする機会はないのだけれど、いつかレスキューフルーツと呼ばれるウチワサボテンの果実をお味見できたらと思う。

ウチワサボテンを目にする機会がありました折には、果実を探しつつ、今回のお話をちらりと思い出していただけましたら幸いです。

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体の中にテニスコートと新幹線。

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書店の雰囲気が好きで、ふらりと立ち寄っては店内を一周するというようなことを度々していたのだけれど、気付けば数か月、書店へ行っていない。

今は自分のためにも、誰かのためにも、購入するか分からない本に不用意に触れてはいけないという気持ちがあり、書籍購入は全てインターネット経由である。

実際、書店に足を運んでいた時よりも購入する本の数が増えていることを思うと、書店へ行かなくても困ることはないということでもあるのだけれど、あの空間には、あの空間にしか出せない書籍の良さがある。

手が届かない位置に並べられた本を見上げてタイトルを追う感覚や、しゃがんでタイトルを追う感覚も書店の醍醐味だったと、改めて気が付いた。

興味がある本に限って、用意されている踏み台程度では手が届かない位置にあったりなんかして、店員に声をかけようと思うけれど、次の瞬間には、あの本の中身が求めているものと違っていたらどうしようだとか、あの本のタイトルを口に出すのはマニアックすぎて気が引けるだとか、一人であれやこれやと考えるのもまた楽しい時間だったようだ。

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最後に書店へ行ったのは、確か、今年の春先。

いつものように、気になった何冊かの本を手に取ってパラパラと捲り、幾つかの世界をのぞかせてもらった。

その中には、人体の不思議について綴られた子ども向けの本もあった。

周りにちびっ子が居ないのをいいことに、しばし、その本の世界を散策した。

偶然開いたページには、大腸や小腸の内側を平らに伸ばしたらテニスコート1.5面ほどあるというようなことが書いてあった。

この話は、割りとよく見聞きするものだけれど、大腸や小腸の内側は細かなヒダが多数あり、このヒダ全てを広げると、そのくらいの面積になると言われている。

私たちの体は、その面積の全てを使って栄養を吸収し、全身に届けているのだ。

その広さのものが体の中に収められていることも、人体の不思議に十分値するけれど、「何を口にするかによって、免疫力や美容、健康などに差が生まれる」と言われていることを、すんなりと理解できるようになる表現に感心してしまう。

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こういった話がイラスト付きで分かりやすく紹介してあったのだけれど、私が驚いたのは、体内を駆け巡っている血液が流れるスピードだ。

普段、自分の体内を巡っている血液のスピードを気にする機会は皆無だけれど、血液は時速200キロ以上という速さで駆け巡っているという。

時速200キロ以上と言えば、新幹線並みの速さである。

もし仮に、血管が脆くなっていたら、そのスピードが血管に与える負荷は、想像以上に大きいだろう。

他にも仮に、血液がドロドロになってしてしまっていたら、本来ビュンビュン飛ばして駆け巡っているはずの血液が体内の至る所で足止めされ、

足止めされた場所や血管のコンディションによっては、血管に負担をかけ、良からぬアクシデントを招いてしまうように思う。

「血液はサラサラしている方が好ましい」「血管年齢は若い方がいい」など様々なことが言われており、ある程度の年齢を重ねた大人であればその重要性は十分に理解していると思うけれど、

こういった人体の不思議に触れ直してみると、普段見聞きする言葉よりもリアルに重く胸に響くような気がした。

他にも興味深い人体の不思議が綴られているようだったけれど、試し読みさせてもらうのは、この辺でと、あの時は読み進めたい気持ちをグッと抑えて本を棚に戻し入れたことを思い出した。

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知っていることも、少し角度を変えてのぞいてみると理解が深まり、世界が広がる感覚が心地良い。

体の中にテニスコートと新幹線、確かに人体は不思議でいっぱいである。

近いうちに、無くなっては困るあの書店に、あの本を買いに行こう。そう思った日。

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麻を自由気ままに楽しんでみる。

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青い空に肉厚な白い雲が浮かんでいた。

摘まめば跳ね返ってきそうな膨らみ方をしていたものだから、つい、子どもっぽい想像が広がってしまった。

いつの間にか8月かと思っていると、チャイムが鳴った。

宅配業者の方である。

暑い中、マスクをした状態での配達は、想像以上に大変だろうと思う。

我が家は非対面受け取りがすっかり定着した。

配達担当の方も勝手知ったるといった感じで、こちらからお願いをする前に「玄関前に置いておきますね」と明るい声で伝えてくださり、ありがたい。

正しく届けてくださるという信頼や、荷物が紛失することはないという安心感がある平和な国だからできる非対面受け取りであるようにも思えて、良い意味で、古き良き時代の光景を思い浮かべたりもした。

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この日届けられた荷物は、昨年の秋頃から会えていない友人からの差し入れだった。

箱の中には、私好みの色々なものが詰められており、友人の心配りが嬉しく、私もこういう優しさを忘れずにいたいと思った。

その中のひとつに、麻模様が織り込まれた麻素材のランチョンマットが入っていた。

友人とは我が家で食事をする機会が多かったもともあり、食器類のラインナップも熟知しているからだろう。

長年使っているような気分になるランチョンマットのチョイスに、つい口元が緩んでしまった。

そして、この時季は麻の成長が盛んな時季でもあるので、季節を感じられる柄を選択したに違いないと、さり気ない心配りにも歓心した。

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麻と言えば、暑い季節に重宝する素材のひとつでもあるので、女性の方は夏のお洋服で手に取る方も多いのではないだろうか。

麻と一口に言っても、使えば使うほどコットンのように柔らかな手触りに変わるタイプの麻と、水を通しても強いハリ感をキープするタイプものが日本にはあるので、麻100%の品物を手に取ると、その使われている麻のタイプによって好みが大きく分かれるように思う。

双方に異なる良さがあるので、ものによって使い分けたり、好みの風合いのものを探したり、程よくブレンドされたものを探すなどすれば良いのだけれど、

好みではない肌触りの麻商品に立て続けに出会ってしまった方の中には、麻はそのような素材だと知らぬ間にインプットされて「麻」と聞くだけで避ける方もいらっしゃると耳にすることがある。

しかし、それはとてももったいない。

近年は、加工技術が進化していたり、麻に他素材をブレンドして良いとこ取りをした生地なども多く出ており、多くの方が楽しめる素材であるように思う。

いつの間にか毛嫌いしてしまっていると言う方は、この機会に、これまでの感覚をリセットして麻に出会い直してみるのも楽しいのではないだろうか。

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私は、麻の実から採れる麻の実オイルを常備しており、ドレッシングなどに使っているのだけれど、エアコンで肌が乾燥するようなときには、このようなオイルを摂ると、内側から肌を整えることができると言われている。

また、青魚に含まれているDHAやEPAも豊富に含まれているので、お魚を食べない日のサラダに少量かけるなどすると美容と健康を同時に底上げすることができるように思う。

旬のものには、その時季を健やかに過ごすヒントが詰まっています。

今年の夏は、お好きな視点で「麻」に触れてみてはいかがでしょうか。

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コオロギが、おせんべいになっちゃった。

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コオロギせんべいか、そう思いながら画面を覗き込んだ。

以前、昆虫食の話題に触れたことがある。

古より昆虫を貴重なたんぱく源として食している方々は、国内外を問わず大勢居らっしゃるけれど、昨今は、これから来るであろう食糧危機対策や地球温暖化対策として、昆虫食が世界中で注目されている。

地球の温暖化が食糧危機に繋がることはすぐに想像できると思うのだけれど、温暖化対策と昆虫食はどこで繋がるの?と思われる方もいらっしゃるかと。

その説明として挙げられているものの中に、牛肉の話がある。

私たちが牛肉を様々な形で消費すればするほど、育てなくてはいけない牛の数は増えることとなる。

そうすると、牛を育てるために必要な水や飼料の量も、素人には想像できないほど増えるということである。

そして、これらをたっぷりと摂取した牛たちは、当然、ゲップもしてしまうだろう。

ゲップくらいしたいときにさせてあげればいいじゃないかと思うけれど、彼らが発するゲップには地球温暖化を早めてしまうガスが含まれているそうで、

私たちが美味しいお肉を食べれば食べるほど、地球環境は私たちが望まぬ方向へ進んでいくという。

牛肉を食べたらいけないということではなく、美味しく、ありがたくいただけばいいのだけれど、今の私たちの食生活は、度が過ぎているようなのだ。

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そこで、改めて注目されはじめたのが昆虫食である。

昆虫にも色々とあるけれど、中でも、コオロギは全ての面において魅力的な食材になり得るという。

念のために書き添えておくけれど、ここで言うところのコオロギは、食用として育てられた安心、安全なコオロギの話。

まず、成長が非常に早く、約1カ月ほどで食材として扱うことができる状態に育つのだそう。

餌に関しても、コオロギにも多少の好みはあるようだけれど基本は雑食なので、廃棄食材などを上手に活用することができる上に、これは他の食材を無駄にしないことにも繋がると言われている。

更に、広大な土地を必要としないコオロギは、様々なコストカットをも可能にするという。

そして、注目すべき点は、その栄養価だ。

小さな体の中に含まれているのは、たんぱく質、ビタミンや鉄分、カルシウムやマグネシウム、亜鉛といった健康食品で取り上げられるような魅力的なものばかり。

たんぱく質に至っては、牛肉や豚肉、鶏肉などの数倍だというから、生きていくための栄養源としては申し分ないようだ。

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こういった様々な理由から、各国で昆虫が注目されているのだけれど、慎重な国民性が影響しているからなのか、日本では研究は進められてはいるものの、世界の国々と比較するとスロースターターのような印象があった。

しかし、夏前辺りだっただろうか。

無印良品が「コオロギせんべい」なるものの販売を始めたのだ。

ニュースにもなっていたけれど、試行錯誤の末、コオロギパウダーをおせんべいに混ぜ込むというスタイルに辿り着き、コオロギせんべいが誕生したそうだ。

私はまだ、コオロギせんべいを口に出来ていないのだけれど、そろそろ店頭にも並んでいる頃なので、経験してみようかと思っているところである。

様々な方の感想を見ると、コオロギにはエビやカニのような香ばしさがあるようで、コオロギせんべいは、エビせんべいのような味だという。

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日本では昆虫食以外にも、温暖化の影響で白米を育てられなくなったときの為の代替食材のひとつとして、キャッサバの栽培や研究なども行われている。

キャッサバは、タピオカの原料である。

将来を見据えた準備や心構えももちろん必要で、素晴らしい取り組みなのだけれど、できればそのような食材に完全にシフトするような未来ではなく、四季折々の美味しさを楽しむことができる未来を選びたいと思う。

今回は、コオロギせんべいの話題をシェアさせていただきましたけれど、何かしらのキッカケにしていただけましたら幸いです。

※コオロギパウダーにはエビやカニと同じようなアレルギー成分が含まれているようなので、コオロギせんべいを経験してみようかと思っている方で甲殻類のアレルギーをお持ちの方は、十分にご注意くださいませ。

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豹変するおじいさん、その名はサンドマン。

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早く眠らなくてはと思いつつも、手に取った本の続きを知りたくて夜更かしをした。

その間、瞼が何度も閉じかけていたのだけれど知りたいことにまで辿り着かず、ショボショボする目を擦りつつ読み続けた。

ふっと集中力が途切れ時計へ視線を向けると、もうすぐ日が昇ってくるぞという時間に差し掛かっており、読み進めることを止めて目を閉じることにした。

目は閉じたもものの脳内はスイッチオフのタイミングを逃してしまったのが、グルグルと動き続け、そう言えば、ドイツにはサンドマンという名の妖精がいるぞと、ドイツマニアの友人から聞いた話を思い出した。

なんでも、母親が、なかなか眠らない子どもを寝かしつける際に登場させる存在だという。

サンドマンとは、優しそうな顔立ちをした小さなおじいさんで、背中には魔法の砂がたっぷりと入った砂袋を背負っているそうだ。

この魔法の砂は眠気を誘う砂だといい、おじいさんから魔法の砂を瞼にかけられると、目がショボショボしてきて眠くなるのだそう。

目のショボショボを無視して起きていると、今度は、おじいさんが瞼の上にドンッと腰を落とし、強引に瞼を閉じさせて眠りへ誘うという。

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何だか可愛らしい妖精ではないかと思ったのだけれど、話のメインはここからであった。

魔防の砂とおじいさんの重みを受けても尚、眠らない子どもがいたときには、おじいさんも強硬手段に出るようで、

魔法の砂を子どもの目の中に直接放り込み、痛がっている隙をついて目玉を取り出し、自分の子どもたちが待っている家へ目玉を持ち帰るという。

持ち帰った目玉は、我が子へのお土産となり、おじいさんの子どもたちは、人間の子どもの目玉を美味しそうに食べると言う。

なかなかショッキングな展開だけれども、優しさのみでできているようなおじいさんの豹変っぷりに怯えた子どもたちは、夜更かししたい気持ちをあっさりと捨てて目を閉じるそうだ。

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どこの国にも、このような寝かしつけの話はあるけれど、もしも私がこの話を子どもの頃に聞いたなら、サンドマンのことが気になって気になって仕方がなく、安眠できないのではないだろうかと思う。

夢や眠りに関係する神話や妖精は各国、各地に古より多々語り継がれており、そのような話をハシゴしていくのも、興味深いものである。

今も幾つかの存在が頭に浮かんだけれど、そのお話は、またの機会に。

皆様も、目がショボショボしてきたときには無理をせず、サンドマンが笑顔でいてくれるうちに眠って、1日の疲れを取り除いてくださいませ。

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ヒゲも美味しく召し上がれ。

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野菜室内の野菜が底をつき、気持ちが良いほどの空間ができた。

久しぶりに目にした状態をこれ幸いと思い、庫内の簡単なお掃除と消毒をした。

そして、曇りが取れて艶を取り戻した庫内をフレッシュな食材で満たすべく買い出しへ出た。

スーパーの出来り口に置かれた消毒液には数人の順番待ちができていたけれど、これも、すっかり見慣れた光景となった。

自前の消毒液も鞄には常備しているけれど、お店のご厚意に甘えてプシューッとひと吹きした。

店内に入るや否や、出迎えてくれたのは夏野菜の山である。

年中購入できるものもあるけれど、旬を迎えた夏野菜は、やはりこの時季に輝きを増すように思う。

定番野菜をカゴへ入れていると、視界の端にヤングコーンが積み上げられていた。

「旬」というよりは、既に「名残り」に入ったようにも思うけれど、私が見るフレッシュなヤングコーンは、これが今年初である。

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ヤングコーンとは、ベビーコーンとも呼ばれ、トウモロコシの実が成長し始まる前に摘み採った小さなトウモロコシのことだ。

トウモロコシは、一本に数本の実がなるそうなのだけれど、全てを成長させてしまうと栄養が分散し、お馴染みの立派なトウモロコシに育たないため、成長し始める前に間引くという。

瑞々しくて程よい食感とほんのり感じる甘味が魅力で、メニューの名脇役といったところだけれど、、水煮缶が主流という印象が強い。

しかし、運がよければトウモロコシが出回り始める前の4月頃から7月、8月上旬辺りまでの期間中は、皮に覆われた状態のフレッシュヤングコーンに出会うことができるのだ。

水煮缶も美味しいけれど、やはりフレッシュなものはヤングコーンの美味しさは夏ならでは。

旬の味覚、季節の楽しみとしてワンシーズに1度くらいは味わいたいものである。

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そうは言っても、以前の私は、フレッシュなヤングコーンを皮つきのままで買ってしまうと、皮やヒゲなどの廃棄部分が多くゴミが増えてしまうということを理由に購入を躊躇っていたのだけれど、とある飲食店で、ヤングコーンのヒゲを使った天ぷらを口にし、躊躇いが吹っ飛んだのだ。

その時はヤングコーンの天ぷらをお願いしたのだけれど、出てきたのはヤングコーンの天ぷらと、ヒゲをフワフワにひとまとめにして揚げた、かき揚げのようなものだった。

廃棄部分だと思っていた髭が、甘くパリパリとした食感と相まって、2つ、3つと欲してしまうような味をしていた。

また、皮ごとグリルして外側の皮のみを取り外し、ヒゲごとヤングコーンを味わうのもおすすめだ。

何も付けなくても十分に美味しいけれど、少量のお塩やお醤油などを落とすのもアリ。

そうそう、ヒゲの天ぷらに初めて出会ったときに、このような話も耳にした。

トウモロコシの実を覆っている、私たちがヒゲと呼んでいるあれは、トウモロコシの粒の数とほぼ同数だという話だ。

さすがに、双方を数えることはできないけれど、そのような話題にも驚きながら味わったヒゲ天デビューとなった。

たくさん食べたくなる味だけれど、時季も数も限られているフレッシュベビーコーンのヒゲこそ、今だけの贅沢な楽しみである。

ご興味ありました折には、フレッシュベビーコーンのヒゲもご堪能くださいませ。

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物産展で見つけたウフフッの種。

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国内外を問わず、物産展と呼ばれる催しを見て回るのが好きだ。

知らない職人技や味に触れることができたり、現地の言葉や県民性に触れることができたり、お気に入りのものに再会できたりと、自由に楽しむことができる暮らしのテーマパークのような空間である。

何年も愛用しているカラフルなインコを模したワインオープナーは、イタリア物産展だったかフランス物産展だったか忘れてしまったけれど、そのような場でひと目惚れし、衝動買いに近い形で連れ帰ったものだ。

テーブルに置いておくだけで心が弾むものだから、未でもお気に入りの一品なのだけれど、実はこれ、周りからの評判はいまひとつ。

私はワインコルクを上手く引き抜くことが苦手なので、自分以外の誰かにお願いすることが多いのだけれど、インコを模したワインオープナーを手渡すと「これは可愛いけれど、他のワインオープナーはないの?普通のでいいから」と必ず言われるのである。

そして、普通とは何ぞや!?と突っ込みを入れつつ、「普通の」を差し出している。

今ではカップボード内のインテリア雑貨と化しているけれど、それを目にする度に、始めて目にしたときの心弾むあの感覚を思い出し、密かにウフフッと楽しんでいる。

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国内の物産展も、今年の年明け辺りまではふらりとのぞきにいっていたのだけれど、当時、東北のお味噌専門店が出店していた。

お味噌を購入する予定は全くなかったのだけれど、美味しそうな食べる甘酒に目がとまった。

発酵のプロでもある、お味噌の専門店が作る甘酒とくれば自然と期待値も右肩上がり。

一番小さな袋に入ったそれをいただいて帰った。

一口味見をしたところ、一気に食べてしまいほどの美味しさで、これをきっかけに食べるタイプの甘酒に興味を持った。

それから、時折、食べるタイプの甘酒を食べ比べしているのだけれど、あのお味噌専門店のものを超えるものに出会えずにいる。

お店の名は忘れてしまったけれど、とても親切な店員さんがいらして、その場でサラサラと書いてくださった食べる甘酒の手書きレシピが手元に残っている。

大切に持ってはいるものの、何となく自分で作ることへのハードルが高く、購入専門でいたのだけれど、お籠りがちな今こそレッツトライ!のタイミングではないだろうかと思い立ち、数日前に米糀を購入した。

中途半端に残っているもち米と米糀で、どのような食べる甘酒ができあがるのか、今から楽しみである。

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甘酒の嬉しい効果については、過去記事内でも度々触れているので、おさらいする程度にとどめておこうと思うけれど、

甘酒は飲む点滴という異名を持っており、豊富に含まれているビタミンB群は、夏バテ対策や疲労回復、腸内環境を整えることや新陳代謝をスムースに行うことなどを手助けしてくれると言われている。

同時に働いてくれるため、健康と美容を同時に底上げしてくれるレスキュードリンク、レスキューフードといったところだ。

更には、寝不足の朝などにグビッと飲むと、体内時計を正常に調整してくれるため、1日中だらだらと寝不足の体を引きずらずに済むというメリットもある。

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巷でも甘酒の魅力を伝える様々を目にすため、麹に興味がある方は大勢いらっしゃると思うけれど、中には甘酒は苦手だという方もいらっしゃるかと。

そのような場合は、塩麹で麹を楽しんでみても良いのではないだろうか。

麹の発酵具合によって味が大きく異なるため、市販のものの中から好みのものを探すもよし、ホームメイドするもよし、選択肢も色々である。

塩麹は、甘酒ほど手間がかからず、お子さまと一緒に作ることもできるので、夏休みのちょっとした経験にもおすすめだ。

分量は、必要量に応じたレシピがネット上に溢れているので各々探していただきたのだけれど、必要なものは、乾燥麹、塩、ぬるま湯、ジップロックなどの保存袋の4つのみ。

作業工程は、乾燥麹を保存袋に入れて軽く揉みほぐし、そこに塩を入れて混ぜ合わせ、ぬるま湯を注いで、保存袋ごと揉み混ぜたら1日放置する。

水ではなくぬるま湯を使うのは、塩麹特有の旨味を引き出すためだという。

翌日は、この保存袋にぬるま湯を足して混ぜ合わせ、1週間から10日間ほど常温で発酵させたら塩麹のできあがりである。

発酵期間中は、毎日保存袋の中に溜まった空気を抜いて揉むという作業がいるけれど、保存袋ごと揉むだけなので、思うよりもラク。

空気が溜まるのは麹が生きている証拠なので、育っていることを感じながら混ぜると、愛着が湧くようにも思う。

こうしてできた塩麹は冷蔵庫で保存し、お塩代わりにお料理に使うと、塩気だけでなく旨味も加わるので、一石二鳥だ。

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昨年の夏のような自由や解放感には程遠い夏だけれど、そこにストレスを感じるのではなく、暮らしの中にある小さなウフフッを重ねながら、拾い集めながら、上を向いて過ごしたいものである。

8月も、ここへ足を運んでくださっている皆様の日々が、キラキラと光るものでありますように☆彡

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生まれて初めて取り外した、あの凹凸のハナシ。

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空いた時間を使ってトイレ内を消毒することにした。

消毒と言っても大袈裟なものではなく掃除を済ませた後、消毒したい場所にキッチンペーパーを敷いて除菌・消毒液をスプレーし、必要であればラップをかぶせて放置するというもの。

掃除には除菌ができる専用洗剤を使ってはいるのだけれど、隅々まで掃除出来ている自信がないため、時折このような方法で消毒をしている。

今年は、普段以上に意識が消毒に向いているのだろう。

使用している消毒液の減りが普段よりも早いようにも思う。

しかし、使っているモノや場所がキレイになるのは、気持ちの良いものである。

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そのようなことをしていると、ふと、最近知ったことを思い出した。

それは、トイレ便座の裏側にあるクッションの役割を果たす凹凸部分は取り外すことができるということである。

あの部分は地味に掃除がし辛く、いつも除菌・消毒液でひたひたにしたキッチンペーパーを張り付けている。

簡単に取り外すことができたなら、強力なキッチンハイターなどの原液にドボンと浸けて、完全消毒、殺菌するのにと幾度も思ったことがある部分だ。

中には取り外し不可能な型も存在しているようなのだけれど、知人は取り外せるものの方が多いのではないだろうかという印象を持っているというのだ。

そこで、私も我が家の凹凸を観察してみたところ、一見取り外し不可能に見えたそこには1本の線が入っており、そこから取り外せるように見えた。

そうとくれば、レッツトライである。

知人に教えられた通り、マイナスドライバーと、取り外した凹凸がうっかりトイレの中に落ちてしまわぬようにガードするためのゴミ袋を用意した。

ゴミ袋でトイレを多い、トイレを傷つけないように細心の注意を払ってドライバーを1本の線に沿わせるようにして軽く差しんだ。

すると、あの凹凸が少し浮いたのだ。

本当に取り外せるんだと期待いっぱいに凹凸のを浮かせた。

後は、凹凸を飛ばしてしまわぬように指先でしっかりと摘まんでポンッと引き上げると、簡単に取り外すことができた。

生活に欠かすことができない必需品として、物心ついた時から使ってきたトイレだけれど、あの凹凸を取り外したのは、ワタクシ、生まれて初めてであった。

我が家のトイレには凹凸が4個ついていたけれど取り外すことができるのは2個のみのようで、もう片方の凹凸も、細心の注意を払って取り外した。

幸いにも、驚くような汚れが内部にまで入り込んでいたなどという惨事には至らず、その後は取り外した凹凸をキッチンハイターに浸けて完全消毒、殺菌を行った。

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知人のことを疑っていたわけではないのだけれど、「本当だった、本当に取り外せた」と消毒後の凹凸を付け直しながら興奮気味に思った。

その後、気になって調べてみると、私が凹凸と呼んでいた部分は便座クッションと呼ばれるパーツで、ネット通販でも購入することができるパーツだということが分かった。

もしかして、長年知らぬまま生きていた私は少数派なのだろうか……と、この記事をここまで書き上げたところで思ったけれど、きっと、私と同じように知らぬまま過ごしてこられた方が1人くらいはいらっしゃるだろうと思い、私の「ハジメテ」のひとつとして公開することにした。

あの凹凸、取り外し可能なんですって!

あの凹凸、便座クッションって言うんですって!

あの部分をもっときれいにお掃除したい衝動に駆られた際には、ちらりと思い出していただいて、スッキリキレイにお役立てくださいませ。

その際には、割ってしまわないように細心の注意を払うことと、うっかり凹凸部分をトイレの中に落としてしまわないように対処した上で取り外すことをお忘れなく。

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ベリー色の思い出。

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凍らせておいたブドウとブルーベリーを冷凍庫から取り出し、調理の合間に摘まんだ。

カチカチに凍っているそれも、摘まみ上げて口の中に放り込むと、いい塩梅に溶け、シャリシャリとした夏らしい食感と、フルーツの美味しさが凝縮された果汁がジュワッと口の中に広がった。

そして、シャーベット状のフルーツが、体の真ん中を落ちていきながら余計な熱を取り除いてくれる、何とも心地良いキッチンでの摘まみ食いである。

お行儀を度外視して素手で摘まみ上げたため、いつの間にか指先はブルーベリー色に染まっていた。

この色素、とても落ちにくく、お洋服や白いキッチンテーブルについてしまうと厄介なのだけれど、今回は指先。

このくらい余裕だわと続けてブルーベリーを摘まんでいたら、石鹸でも落ちないほど鮮やかな紫色の色素が指先をしっかり染めていた。

指先に付いたブルーベリーの色を眺めながら思い出したのは、英国で経験したブラックベリー摘みである。

ある日、知人のご実家がある田舎町にお招きいただいた。

到着するや否や、挨拶もそこそこに「ブラックベリーを摘みにいかない?」と知人のご両親に言われたのだ。

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考える時間も断る理由もなく、身支度を整え直し私たちはボウルをお手に家を出た。

私は、いちご狩りのように整えられたブラックベリー農園でブラックベリーを摘むのだろうと想像していたのだけれど、「着いたわよ」と言われたそこは近所の森の中だった。

いちご狩りスタイルではなく、山菜摘みやキノコ狩りスタイルで行うブラックベリー摘みだったのだ。

森の中とは言え、必要最低限の歩道整備が施されており、人の往来もある場所だという。

摘み取るブラックベリーを確認した後、知人のお父様から注意事項が伝えられた。

ここは、愛犬の散歩道にもなっている場所だかあら、ブラックベリーは出来るだけ歩道から森の奥へ入った場所のものを摘むこと。

地面近くに出来たブラックベリーではなく、地面から離れた上部のものを摘むこと。

赤や黄色のものには未熟ものなので触れず、真黒に色づいたものに触れ、その中でポロリと簡単に取れる状態のものを選んで摘むこと、というものだ。

初めての経験で、私のボウルはなかなか満ちなかったけれど、ブラックベリーだけに集中する時間は心地良く、周りにも気を配りながら摘まないと森の中で迷子になってしまうような気がした。

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持ち帰ったブラックベリーは、日本で言うところの寿司桶の巨大バージョンのような木の器に入れ、レモン水で何度もすすいで汚れを取り除いた。

そのまま食べる分を取り分け、残りはジャムやシロップ、タルトなどに生まれ変わった。

ふらりと森へ行き、野生のブラックベリー摘んできて調理する。

日本でも経験できないわけではないのだけれど、その一連の出来事は彼らにとって特別なイベントなどではなく生活の一部だという空気に、当時、とても感動したのである。

あの時は、手袋をしてブラックベリーを摘んだけれど、いつの間にか爪の中にまでブラックベリー色に染またことを、当時の感動と共に思い出しながら、ブルーベリー色に染まった指先を、お酢と食器洗い専用洗剤で洗い上げた午後である。

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揚げパンの記憶が行方不明。

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年に1、2回ほど足を運んでいたコッペパンの専門店が、いつの間にか閉店していた。

最後に購入したのは昨年末だったように思う。

食べきれないと思わせるほど大きなコッペパンだったけれど、そのふかふかの柔らかさと軽やかな食感が後を引き、あっという間にたいらげてしまう不思議なコッペパンだった。

中に挟むものはデザート系のものから軽食系のものまで幅広く用意されており、「○○抜き」と言った好みやアレルギーへの対応も柔軟で、小さな店内はいつも混雑している印象があった。

私が買いに行く時間帯は軽食系の具材はいつも完売しており、注文するのはデザート系のものばかりだったけれど、自宅で濃いめに入れた紅茶と共に味わうそれは、癒される味をしていた。

以前から決まっていたことなのか、コロナの影響なのかは分からないけれど、雨風でよれてしまった閉店の貼り紙が、残念だと思う気持ちを掻き立てた。

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コッペパンは、学校給食に出ることがある揚げパンの材料でもある。

学校給食の話題が上がると、それなりの確率で揚げパンが登場するけれど、私には揚げパンの記憶がない。

揚げパンは、当時の私の心には響かなかったのか、そもそも揚げパンは出ていたのか、出ていなかったのか、今となっては答えを確認する術もないのだけれど、私にとっての揚げパンは、「=学校給食」ではないのである。

だから、時折口にする揚げパンは、軽い口当たりのドーナツの変わり種といった位置づけだ。

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揚げパンは、コッペパンを油で揚げてお砂糖をまぶした菓子パンだけれど、このメニューが誕生したキッカケは、大量に残ってしまったコッペパンの有効活用だったそうだ。

今どきの子どもたちは、衛生面の観点から、学校を休んだ子の給食を自宅へ届けるといったことはしないと思うけれど、それが許されていた時代に生まれたのだ。

当時の材料や技術で作られたコッペパンは、時間が経つにつれてパンの水分が蒸発して硬くなるという性質があった。

このコッペパンを時間が経っても美味しく食べられるようにと、とある調理師の方が大量に残ったコッペパンを油で揚げ、更に美味しさをキープできるように砂糖をまぶしたという。

砂糖には水分を引き寄せる保水効果があるので、水分が蒸発して乾燥しやすいコッペパンにまぶすには最適な材料だったように思う。

このようなひと手間を加えると、給食の時間に食べる揚げパンも、学校を休んで自宅に届けられた揚げパンも、美味しく食べられるという算段だったようだ。

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このようなコッペパンの誕生秘話を見聞きしたときも、給食でコッペパンを食べた記憶は浮かぶのに揚げパンの記憶は浮かばず、

私の母校では揚げパンなるものは出ていなかったのではないだろうかと思いつつあるこの頃である。

あまり口にする機会はないけれど、あのコッペパン専門店で時々売られていた揚げパン、こんなことなら1度くらいお味見しておけばよかったと思う帰り道である。

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