そこは、園芸風の色が強く、カフェの横に並んでいるような、
おしゃれな店構えではないのだけれど、お花や植木の鮮度が抜群の人気店だ。
ご年配の方が、お散歩がてら花を買いにくることもあり、
いつでも自由に休憩できるようにと、
店内の中央には、誰でも腰かけることができるベンチが置いてある。
そこに、1人の女性が腰かけ、店内に置いてある色とりどりの花や観葉植物を眺めていらした。
私は、我が家に迎え入れられる木はないだろうかと、
ベンチ横に並べられていた観葉植物を物色していたのだけれど、
その女性が、あまりにも幸せそうに店内の花を眺めていたものだから、
つい彼女に目を奪われてしまった。
すぐに視線を外したつもりだったのだけれども女性に気付かれてしまい、目があった。
軽く会釈をすると、その女性はやわらかい笑みを浮かべて、
「私ね、今85歳なんだけど、ひと月に10冊くらい本を読むのよ。
小説を読んでるとね、作家さんによって、コレ(按配)とコレ(塩梅)の好みがあるのかしらね。
書く人の癖があって、それを見つけるのも楽しいの」と仰っていた。
見せてくれたのはレシートの裏に書かれた按配と塩梅の文字。
同じ発音で、おおよそ同じ意味を表すために使うことができる漢字で、
塩梅、按配、按排、案配、と4種類ほどあり、用途によって細かく使い分けをすることもできる。
ご家族の迎えが来るまでの時間、
作家の癖などのお話をさせていただいたのだけれども、
近頃の彼女は随分と足腰が弱くなってきており、
誰かの手を借りなければ外出が難しいらしく、
今は小説の中を自由に歩き回ることが楽しみのひとつなのだそう。
そして、前日までに読んでいた小説の中に素敵なバラが出てきたそうで、
それに似た大きな深紅色をしたバラを1輪だけ買いにきたのだと仰っていた。
家に帰ったら、自分の部屋にそのバラを飾り、
バラが出てきたお気に入りのシーンを読み返すのだそう。
まだまだ知りたいことがあって、やってみたいことがあって、知らないことがあって、
毎日時間が足りないのだとも。
シンプルに、「若い!」そう思った。
自分の体が老いて、今のように簡単に動くことが難しくなったとき、
私は彼女のように目をキラキラと輝かせていられるだろうか。
出来ることが限られた状況の中で、時間が足りないと言えるくらい、
楽しみとワクワクした気持ちで自分を満たすことができるだろうか。
人生のお手本は、テレビの中やネットの中にもあるのだろうけれど、
自分の身近なところにも沢山転がっている、そのようなことを思った。
先のことはわからないけれど、きっと大丈夫。
そう自分を奮い立たせ、私も彼女が手にしていた大きな深紅のバラを1輪購入した。
今思えば、彼女にあやかりたい。そう思ったのかもしれない。