コッペパンの専門店へ行った。
数ある具材の中から何を選ぼうかとワクワクしながら列の最後尾に並んだ。
すると、目の前に並んでいる2人組の女性の1人が、怒りを爆発させていた。
私は、彼女たちの真後ろに並んではいたものの、
前を向いたままで発せられている女性の怒り声は、周りの雑音に掻き消されていたこともあり、
コッペパンの具材選びに集中していた。
しかし、その声は次第に音量を上げていき、時折、近くを通る人たちからの小さな注目を浴び始めた。
一緒にいた愚痴聞き係りの女性は、周りに視線に気を配りつつ困惑しているようにも見えたけれど、
すぐに、怒り爆発中の彼女の方へと体を向け直した。
そして。何度か同調するような相槌を打ったあと、「まぁ、まぁ、声を荒らげるのもその辺にして、今日はどれにする?」と、
話題を変えながらカウンター越しの壁に掲げられているメニュー表を、少しオーバーにも見える動作で指さした。
つい、私まで女性の指の動きにつられてメニューへと視線が流れてしまったものだから、猫騙しのようだと思った。
一方、怒りを爆発させていた女性は、口を噤んだと思ったら、「今の、“ら”が一つ多くなかった?」と言って笑った。
正しくは、荒らげる(あららげる)なのだけれど、近年、荒らげる(あらげる)と言う人が増えていると耳にしたことがある。
同じ音を続けて発することを、発音し難いと感じるうちに、間違いである“荒らげる(あらげる)”と言う人が増えたのか、
その辺りはリサーチ不足で私には分からないのだけれど、確かに、荒らげる(あらげる)と言う人が増えているように感じることがある。
私は、過去に“荒らげる(あららげる)”というフリガナを何度も確認するという、
妙な機会に恵まれたことがあり、誤読せずに済んでいるのだけれど、
それが無ければ、私ももしかしたら今頃は……。と思ったりもする。
言い難い発音も慣れてしまえば、その言い難さが逆に癖になることもある。
もし、いつの間にか自分でも気が付かないうちに“荒らげる(あらげる)”という読み方を口が選んでしまっていたならば、
この機会に“荒らげる(あららげる)”に軌道修正してみてはいかがでしょう。
そうそう、その女性たちは順番待ちの間、スマートフォンで“荒らげる(あららげる)”の真相を確かめていた。
そして、ふと我に返ったのだろう。
声を荒らげていた女性が、大きな声を出してごめんねと、もう一人の女性に恥ずかしそうに告げていた。
きっと、美味しいコッペパンを食べれば、あの怒りも少しは収まるのではないだろうかと、
背後からお節介なことを思ったランチ時である。
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