数か月前だっただろうか。
美味しいお料理とお酒を前にテンションが上がっていたときのこと。
友人のスマートフォンがピカーンと点滅した。
私に断りを入れながら画面の奥を覗いた友人が「ん?」と首を傾げた。
それを見た私も「ん?」と首を傾げてみた。
すると、仕事の関係でフランスに住んでいる知人から
「お願いがあるのだけれど」というラインが届いたのだという。
それを聞く限りでは、首を傾げるポイントがどこなのか分からなかった私は、「それがどうしたの?」と尋ねた。
お願いをしてくるような人ではなく、普段のやり取りはメールがメインなのだそう。
しかも、このような時間に連絡はしてこないのではないだろうか、と。
靄のように薄っすらと広がり始めた警戒心は、
ラインの相手は別人なのではないだろうかという仮説を立てた。
細心の注意を払って、その相手とやり取りを続けながら
友人と私は探偵の真似事のようなことを始めた。
お願いごとの確認をすると、どうしても手が離せない状況だから
自分の代わりにビットキャッシュを購入してきて欲しいというのだ。
ビットキャッシュ(BitCash)というのは、
ネットショッピングやオンラインゲームで使用することができる電子マネーのことで
コンビニや郵便局、ネット上で購入することができるのだ。
100歩譲って手が離せない状況でビットキャッシュが必要になったとして、
いい大人が、購入を依頼するものだろうか。
ラインを介して友人、知人に頼む暇があるのなら自分でネット上で購入するはず。
友人と私は、やり取りの相手を「敵」と名付けた。
そして、どこで購入すればよいのか尋ねたところ近くのコンビニへ行ってきて欲しいと返ってきた。
ここから先は、「たったひとつの真実見抜く、見た目は子供、頭脳は大人」の彼のように、
私たちは、会話を続けながら少しずつ敵を追い詰めた。
フランスに居るはずの相手に、どこに居るのかを尋ねてみるとバイト中だと答えた。
ラインのIDを乗っ取っていることに気付いていることを告げると明らかに焦りが見え始め、
男性的な口語体が女性的な口語体になるなど文章がシドロモドロになった後、やり取りは途絶えた。
SNSのIDが乗っ取られるというニュースは珍しいものではないけれど、
自分の身に降りかかること、自分の身近で起こること、
という認識は意外にも薄いのではないだろうか。
私自身、そのようなニュースを見聞きしても、テレビ越し、紙面越し、ネット越しでは、
どこか対岸の火事を見ているような感覚だったように思う。
最近は、ネット上で公開された皆でピースサインをした楽し気な画像から指紋を抜き取られ
生体認証によるセキュリティーを突破されてしまう時代。
こちらも、意外と身近で起こっていることなのかもしれない、と少しだけ背筋がスッと伸びた。
冒頭の出来事は数日経った頃に、やはりIDが乗っ取られてしまっていたのだと聞いた。
私たちが便利さと引き換えに世の中に差し出したものは何なのだろうと思いつつ、
いつもと変わらぬ今日を過ごしている。
あなたが普段使っているSNSのセキュリティー対策は万全ですか?
今日はちらりと確認していてはいかがでしょうか。