歩きながら時計に視線を落とすと待ち合わせの時間まで30分ほどあった。
あまりの寒さに冷えた体を温めるべく、その場から一番近いカフェへと直行した。
ドアを押し開けて店内に入ると、その瞬間から自分の体が、
じわじわと溶かされていく氷にでもなったかのように感じられ、
このままでは、自分の体が水浸しになってしまうのではないかという気さえした。
席に着き、ミルクティーを頼みながら冷えた手を摩った。
このような時、ヨーロッパではスープを注文することが多かった。
寒い時期が長いからなのかスープメニューが豊富な印象が強い。
この時季のパリではカフェでいただくオニオングラタンスープが名物で絶品。
スープを飲むと言うよりは、食べるスープと言うほうが相応しいくらい、
飴色の玉ねぎがたっぷり入っているのだ。
だからカフェではあるのだけれど、紅茶でも、甘い飲みものでも、アルコールでもなく、
オニオングラタンスープで暖をとることがお約束だった。
ただ、パリっ子になりきれなかった私は暖かい店内を好んで選び、
現地の人たちは寒空のもと、カフェテラスでスープを口に運んでいた。
確かに、おしゃれですよ、粋ですよ、でもそれって寒くないの?と聞いたことがある。
すると、「寒いにきまってるじゃない」と即答されたことがあり、
どこの国でも、おしゃれと我慢は表裏一体なのね、そのようなことを思った。
カフェでいただくスープを懐かしんでいると、
注文していたものが運ばれてきた。
あれ、ミルクティーを頼んだはずなのだけれどもと思うと、
ティーカップのそばに、コーヒーフレッシュを2個添え、
ウエイターは丁寧にお辞儀をして立ち去った。
紅茶派の私としては非常に残念な状況が目の前に広がった。
もし、これがイギリスだったなら、お客様からキツイお叱りを受けることだろう。
牛乳の代替品としてコーヒーや紅茶に添えられるコーヒーフレッシュを
2個も添えて下さったご厚意はありがたかったのだけれども、
コーヒーフレッシュは、植物性油脂と水に乳化剤を加えてトロっとしたクリーム状にしたものに、
香料と着色料と添加したもので牛乳は一滴も入っていないものなのだ。
牛乳だと思い込んだ臭覚と視覚につられて味覚も牛乳を想像してしまうという仕組み。
人の想像力や思い込みは非常に興味深いものだと思う。
この日は、美味しいミルクティーではなく体を温めることが目的だったのだからと
自分を慰めつつストレートティーで体を温め、お店をあとにした。
この寒さも思い込みでかわせることができるだろうか、そう思いかけて止めた。
今年の冬は、今年だけのもの。
寒すぎるのも正直、困りものなのだけれど、それもまた一興だ。
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