その日、何も考えずに発送したい封書を手に、郵便局へと向かった。
向かう途中、通りから少し奥まった場所に在る専門学校の敷地内では、
フリーマーケットのようなものが開かれていた。
直接その様子を目にしたわけではないけれど、色鮮やかな立て看板や、漏れ出している音、
屋台が出ているのか、鼻を擽る甘辛いソースの香りに加え、行き交う人たちの表情からは、
その場所が賑わっていることが感じられ、その日が土曜日であることに気が付いた。
自宅近くの郵便局は、土日も窓口が開いている。
そのおかげで、カレンダーの曜日とリズムが合わない生活を送っている私でも、
街の空気から休日だと気がついたとしても、無駄足になることがなく助かっている。
開いているとは言っても、休日の郵便局内は、休日の校舎内やオフィスにも似ていて、
普段とは異なる非日常の、ゆったりとした空気に包まれた窓口。
そこにできた列に並ぶと、普段よりも肩の力が抜けるような気がして、密かにこの時間の郵便局を気に入っている。
私の目の前の女性が発送の手続きをしていると、郵便局員が年賀状の話題を振っていた。
話題を振られた女性は、「まだちょっと早いわね」と答えながら、カウンターに置いてあるカレンダーに目を向け、
「あら、そうでもないのね」と言って笑った。
私もつられるようにしてカレンダーに目を向け、
今年もモタモタしているうちに年末になってしまって、慌てて年賀状を手配するのだろうなと思っていると、
女性が「ついでに、官製はがきも10枚いただけるかしら」と言った。
郵便局員は、ハガキを取り出したあと、柔らかい声で今は「通常はがきですね」と返した。
一瞬、私の脳裏にクエスチョンマークが浮かびかけたけれど、そうか、官製はがきという言葉は消えてしまったのか、と腑に落ちた。
郵便局の窓口でハガキを買うことが無い私は、もともと官製はがきという言葉を使う機会もなかったものだから、今の今まで気が付かなかったのだ。
官製はがきとは、郵便局が発行し、販売しているハガキのこと。
一般的なものとの違いは、予めハガキの左上に切手が印刷してあるため、切手を貼らなくてもポストに投函できる点だ。
もちろん、現在も、この手のハガキを郵便局で購入することは出来るのだけれど、
もともと国の機関だった郵便局が発行していたハガキだということで、その呼び名に“官製”という冠が付いていた。
しかし、民間企業になった郵便局(正しくは日本郵便株式会社)が発行した現在のハガキは、
“官製はがき”から“通常はがき(郵便はがき、とも)”と、その名を変えていた。
知っているようで知らないこと、気が付いているようで気が付いていないことは、
意外なところに転がっているものだと思いながら、郵便局を後にした。
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