パン屋内を、トレー片手に回っていると、チャパタのサンドウィッチがあった。
そのサンドウィッチとアイスティーを買い、お店近くの公園へと向かった。
お天気が良かったこともあり、芝生が敷き詰められた公園には、お弁当を広げる人たちが点在していた。
その日の私は空きベンチに腰掛け、買ったばかりのそれを紙袋の中から取り出した。
チャパタという名は、イタリア語でスリッパを意味するという。
初めて耳にしたときには、パンとスリッパにどのような関係があるのか、想像できなかったのだけれど、
聞けば、その平らなパンの見た目がスリッパのようだということから、チャパタと呼ばれているのだとか。
取り扱っているお店も多いため、チャパタという名を知らなくても、見れば「あぁ、これか」と分かるようなパンである。
ただ、このパンの表面はガサガサッとした見た目をしており、食べ難そうな印象を受けることもあり、私は、チャパタを手に取らぬまま過ごしていた時期がある。
食わず嫌いというほどではないのだけれど、チャパタよりも食べたいと感じるパンは他にも沢山あったし、お気に入りのパンもある。
食べたいパンを大人買いすることができたとしても、私の胃袋はひとつ。
そうなると、チャパタに手が伸びる機会が巡ってくることが無いまま過ごすしかなかったのだ。
しかし、その時は突然やってきた。
私がイギリスにいた当時、お世話になっていたフランス語講師がいるのだけれど、彼女が私に言ったのだ。
「友人が日本のことを日本人から聞いてみたいらしいの。だから友人宅に泊まりに行くといいわ、もう話は通してあるから」と。
どこから物言いをつければ良いのか躊躇してしまうくらいの強引さと状況だったけれど、すったもんだの末、5日間ほどだっただろうか。
私は、フランスに住む、はじめましての方のご自宅にお世話になることとなった。
その滞在期間中に、私ができるお手伝いのひとつとして、近所のパン屋へ毎朝、人数分のパンを買いに行くというお役目をちょうだいしたのだけれど、
そのときのお買い物リストの中に必ずチャパタが入っており、これがチャパタを口にする機会となった。
このパンの見た目は、相変わらずガサガサッとしており味気ない印象だった。
カットしてみるも、中は穴ぼこだらけで、こんなにもスカスカなパン美味しいのかしら、とも思った。
しかし、その見た目に反し、中の生地はしっとり、もっちりとしており、噛めば噛むほどパンの味がする癖になる味をしていたのだ。
チャパタは、とあるパン職人が水分量を間違えて、随分と多くの水を加えてパンを焼いてしまったときに出来た偶然の産物で、
これが、予想外にも人々に愛され、現在にまで受け継がれているという。
私が、こんなにもスカスカな、と思ってしまった穴ぼこは、具材やソースの水分を吸ったり、しっかりキャッチしたりして、具材とパンをしっかりと繋いでくれる役目も果たしてくれるのだ。
こうして見てみると、実力ある、素敵な偶然が詰まったパンなのである。
実は、このチャパタを買いに行っていたパン屋の厨房には当時、日本人アルバイトがおり、チャパタを担当していたのだそう。
このときの私は、その日本人とは一度も顔を合わせる機会がないままイギリスへ戻ったのだけれど、
この8年後、その日本人と偶然にも日本で知り合い、互いの過去を話す中で過去にもチャパタを通じで縁が繋がっていたことに気が付き、
当時から数えて10年経った頃だろうか、懐かしのチャパタを焼いてもらうこととなった。
そのような、不思議な出来事も相まって、こうして時々、チャパタのサンドウィッチを目にすると手を伸ばしてしまうことがある。
こうなると、パンそのものの美味しさというよりは、想い出という名の調味料によるところも大きいのかもしれないけれど、今は好きなパンのひとつである。
チャパタのサンドウィッチを目にする機会がありましたら、見た目とは異なる美味しい偶然の産物をご堪能あれ。
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